審査を振り返って
2019年度のACC賞ブランデッド・コミュニケーション部門の審査員による審査の様子の振り返りの記録です。
この部門が扱うのは「ブランデッド・コミュニケーション」と定義していることに忠実に、ブランドの持つ課題に対して、どうアイディアや表現の実装が機能したかで評価を行いました。
広告の扱う領域や定義は広がっています。「ブランデッド・コミュニケーション」が扱う範囲は、社会課題などの企業や商品・サービスを超えた領域のものです。与えられた、もしくは発見した課題に対してどこまで機能するソリューションが提供できたかということになります。
審査は大きく3段階で行われました。
1段階目は、オンラインの審査サイト上で、審査員それぞれが応募された全作品に1~9点で採点を行いました。
2段階目は、オンライン審査の平均点(全審査員を信用して最高点と最低点を抜くようなことはしませんでした)で一定以上の点数がついたものと、審査員ひとりでも高得点をつけたもの(仮にひとりだけが評価していてもその方の意見をみんなで聞いてから判断することにしました)を残しロングリストとしました。(恣意性のないように統計的に判断しています)
3段階目は、審査員全員で2日間集まってロングリストに残ったものを対面で議論をしながら審査を行いました。ひとつひとつ議論をしてから再投票を行い、その結果の点数でどこまでをファイナリストとして贈賞するかを議論して決めました。同様の手順で、ブロンズ以上、シルバー以上、ゴールド以上、グランプリと議論→再投票→線引という流れで審査を行っていきました。
2018年の第1回の審査と、2019年の審査の最大の変更点は、3段階目の審査においてファイナリスト以上に残った全ての作品に対して再投票した点です。前年のやり方は、審査員によって議論の遡上に取り上げられなかった作品は、(全員にちゃんと理解されていて適切な点数が投票されていると全審査員が感じていると判断して)1段階目のオンラインの点数をそのままにしていました。2018年、その方法で大きな不具合があったわけではないのですが、審査員の応援演説など議論が行われたあとの再投票の点数が大きく変わる作品も多かったので、違う状況で投票された点数を比較しないほうが良いのではないかと判断。全て再投票することで気持ち的により納得出来る方法にいたしました。
この振り返りの記録では、3段階目の再投票前に行われた議論を振り返ったものになります。この議論を経て贈賞の色を決めていますが、それはあくまでもこの時点での審査員たちによるひとつの意見に過ぎませんし、当然絶対の評価ではありません。むしろ、審査会の場で審査員によって真剣に行われた議論が、広告の企画制作に関わる方々にとって色付け以上に役立つものであることを願って公開致します。審査員の皆さまと、議論の対象となっているプロジェクトの関係者の皆さまのご理解とご協力に感謝致します。本当にありがとうございます。
2019年ブランデッド・コミュニケーション部門審査委員長 菅野 薫
Aカテゴリー(デジタルエクスペリエンス)
栗林 : 一見、デジタルエクスペリエンスとはつながりがなさそうなモノだけど、よく見てみたらめちゃくちゃいいものだなと思って挙げました。核家族化が進んで親子の直接的な交流が難しくなっている中、遠く離れた実家に置いた鳩時計が鳴くと、それが子供から親への挨拶代わりになってコミュニケーションにつながるっていう。
嶋 : 鳩が鳴いたタイミングで、「息子や娘が私たちを思い出して、(アプリのボタンを)押してくれたんだな」と思う、というね。
菅野 : でも、おばあちゃんがスーパーに行っている間に鳴いちゃう可能性もあるじゃないですか。そうしたら押されたことに気付けない。
嶋 : そのすれ違い感も含めて素晴らしいと思いました。アプリのボタンを押したら鳩が鳴く。その単機能だけで思いが通じる装置を作った。そこがバカバカしくて大好きでした。
菅野 : 最初のうちはやっていても、しばらく経つと押すのを忘れて、「息子は私のことを忘れてしまったのね……」みたいにならないか心配という話も出ました。
保持 : 僕もそこを想像してしまいました。そもそも、「シャイな人がこれを贈るかなあ」っていうのもありましたし。LINEのスタンプ1個贈れないのに、「お母さん、これなんだけど」ってやるかなと。プロダクトはすごく上手に作ってあると思いましたが、そこが引っ掛かって高い点数を付けづらかったですね。
米澤 : 私もあまりいい親子関係をつくらなそうな気がしたんですよね。やがて息子は押さなくなり、でもお母さんは「いつ鳩が鳴くかな」と待っている光景が見えてしまって。
嶋 : いや、こういうのは基本的に鳴かないものだからいいの!
大八木 : 自動モードで鳩が鳴く時間を設定したり……。
嶋 : ダメダメ(笑)!
関戸 : 製品のQ&Aにも、「誰もボタンを押してくれなくなったら、寂しいと思うのですが……」という項目があって、「鳩が鳴かない日があっても、『いないときに鳴いたのかもしれない』と想像したりして、寂しくなくなります」と回答されていますね。
保持 : 素晴らしい(笑)。
菅野 : 「寂しくなくなります」(笑)。
保持 : 僕は課題設定をもう少しマイルドにすると良くなると思ったんですよね。ユーザーの体験談を読むと、普段から仲が良くて、まめに連絡を取っている家族が主なユーザーという印象でした。そういう家族に対して、コミュニケーションの回路が一個増えますよというアプローチだったら素敵かもしれないなと。
栗林 : 反対におじいちゃんおばあちゃんが孫に挨拶代わりにボタンを押すとか。
保持 : すると小さな子供がわーっと喜ぶ。そういうふうに捉えたほうがいいものに思えました。
イム : デジタルだけど情緒的で僕は大好きでした。多分、頻繁には使われないだろうというのも含めて。
一同 : (笑)
石下 : 鳩の鳴き声もアナログでほっこりしますよね。
大八木 : これだけ機能を制限したからこそ話題になる良さがありますよね。ただ作り手として考えると、「飽きられたときの寂しさ」をどう製品に織り込むかということは、ちゃんとやったほうがいいと思うんです。審査ではそこをどう考えるか議論になりました。
イム : こういうものを作るときは先回りしてbot機能みたいなことを考えがちだけど、逆にそうしなかった潔さを褒めたいです。
関戸 : 私は家にいる親のためというより、都会で働く人の罪悪感を減らす道具なんじゃないかと思いました。だから、鳴かなかったら寂しいということは問題じゃないのかなと。
菅野 : 罪悪感って(笑)。今もこれだけ盛り上がるように、まさに議論をしたら点数が上がったケースでしたね。
尾上 : ものすごい数のファンが付いて、動画の再生回数もすごくて、他の企業に呼ばれるくらいになっているんですよね。企業発のキャラクターがここまで人気になり、しかも(2018年8月から)今もちゃんと運営し続けているって、相当に体力があるなと思いました。長期的なデジタルエクスペリエンスの設計として、とても優れていました。
菅野 : ブランドとのエンゲージメントを継続的に作れているという感じですね。
嶋 : オウンドメディアからオウンドタレントが生まれた、と。
栗林 : 生放送で「特製の体組成計+特茶24本」の1000セットを完売した。それだけの力を持ったのは数字的にもすごいと思います。これからも成長し続けていくわけですし。あらゆるサントリーのブランドにノムちゃんが入り込んで広告していて、汎用性も高い。
石下 : ローンチ直後はけっこう苦戦していたように見えました。現在のチャンネル登録者数が10万人というのはそこまで多くないと思うんですけど、最初の苦戦を見ているからこそ、ここまでやり続けて着実に成長させていったのは凄いと思いました。
栗林 : でも、Twitterで10万フォロワーなのと、YouTubeの登録者10万人は意味が全然違いますよ。本当にこの人格に惚れないと登録しないですから。
菅野 : これは企業と生活者をつなぐために、今までになかった道具を使って成功した例でした。
イム : でも、単に道具として使っている感じもしないですよね。オウンドメディアを企業が作っても、やりきれずに尻すぼみになりがちだけど、こうして10万人まで数字を伸ばしたというのは愛があって接しているなと。思いついてもこんなに支持されるまで頑張ったのがすごい。
菅野 : 続けるのが何より大変ですよね。
米澤 : 1年で90本も動画が上がっている。
一同 : ざわざわ……大変だ。すごすぎる。
尾上 : ノムちゃんは喋りとか声質とか、何を歌うかという選択をちょっとでも外すとその瞬間にダメになりそうなところをギリギリのバランスでやっている。これまでの広告のキャラクターメイキングより相当高度だと思いますよ。
栗林 : 以前はカバー曲を歌っていたんですけど、最近はオリジナル曲も歌うようになりました。それだけで数十万回再生されるようになって、これがもっと人気になったらオリジナル曲を歌うキャラクターとして当たり前の存在になっていくでしょうね。
上西 : これ(VR動画の恐怖シーンに合わせてギャツビーのデオドラント剤を使用することで“爽快ホラー”を体験できるコンテンツ)、「バカバカしいな~(笑)」と記憶に残りました。デジタルエクスペリエンスとしてはかなり無理矢理なんじゃないかと思いましたけど、意外と商品特性とも合っていて。
井上 : バカバカしくていい。私も好きでした。
上西 : 実際にムービーで見ると、やっている人が楽しそうで。
嶋 : 上西さん、上西さん、去年は「GINZAN BOYZ」(生野銀山のPRで生まれた地下アイドルグループ)推していましたからね。もちろん、自分も高得点入れてました。
井上 : デジタル・エクスペリエンスかと言われると、迷いますよね(笑)けれど、プロモーション/アクティベーションに移すのも迷います。プロモーションだとしたら、体験セットが100人に当たるプレゼントキャンペーンではなくて、VRキットと商品をセットにして売ってくれたらよかったなと思います。
八木 : いろんなことがやり尽くされている日本史の中で、新しい横軸を一個一個見つけるような。この取り組み自体がどうというより、大学が日本史への新しいアプローチを仏像から見つけようということがロマンティックだと感じました。
保持 : 仏像の感情をAIで分析するって、どこまでできるのかなとは思いました。これがちゃんとできていたとしたら、確かにロマンがあります。
嶋 : 仏像のサンプル数が216体、これで有意な分析が可能なのでしょうか?
八木 : でも、その結果が間違っていたとしても、そういう気持ちで学問に向き合うことはライフワークとしていいなと思ったんですよね。
嶋 : なるほど。
イム : 最初に見たとき、デジタルコンテンツとしての作り込みも含めて秀逸だと思いました。ただ、自分の顔と仏像を比較するときに、「なんで俺がこの仏像なの?」という部分での納得性がちょっと。比較のロジックをちゃんと示してくれたら良かった。
保持 : 僕もユーザーと仏像がマッチングできるっていうのはあまりいいとは思わなかったんですけど、「仏像の感情をAIで推定してみよう」という発想は面白かった。
橋田 : サイトの作り込みは良くて、僕も比較的高い点数をつけているのですが、議論したいのは、仏像の感情分析がほぼ同じ結果で、感情が「無に近い」「中立」ばかりなところ。
保持 : でも、それはいい発見ですよね。
菅野 : 仏像に合ってはいる。デザインとか着眼点は面白いんですけど、「だからどうした」みたいな感じになっちゃっているのがもったいないなと。
八木 : これ自体は確かに物足りなさがあるかもしれないですけど、僕は「そういう勉強の仕方もあるんだ」って間口を広げる意味で良かったと思う。「Buddience」というネーミングも良かった。
イム : 僕みたいにウェブサイトを作っている人間からすると、今後のためにぜひ入賞してほしい作品でした。甘いところは多々あるけども、作りはすごくいいから。けっこう情念に近い意地でやっている感じがあって好感が持てました。
橋田 : 「これこそが研究である」、つまり「仏像の感情は中立が多い」とわかっただけで、成果としては良かったのかもしれない。
保持 : ちゃんと奈良大学の学生がこのプロジェクトに参画しているのもいいなと思いました。
上西 : 奈良県がやっていてもいいくらいの感じがしましたね。
保持 : 260以上のメディアで取り上げられたから、リザルトもしっかり出ているんです。「これはデジタルエクスペリエンスなのか?」っていうのはありますけど。
菅野 : でも、もうちょっと発見がほしかった。「AI×仏像」という掛け算は面白いけど、それで何が発見されたのかまだわかりづらい。「いろいろやってみたけど表情がほとんどなかったですね」というくらいしか今のところ読み取れなかった。「仏像の表情からはこれだけ多様な意味が感じ取れるんだ」という点が少しでもあれば。
保持 : そこまで辿り着いていたらエントリー部門も違ったかもしれないですね。
菅野 : もちろん、「ワクワクできる大学」という感じは間違いなくしました。
石下 : 説明を読み込んでいくと本当に学問らしいというか、「この表情にはこういう意味がある」とか細かく書いてあるんですよね。それが世の中のみんなにわかるように書かれていないところがちょっと残念だったのかなと。好きは好きでした。
関戸 : 企業が作ったブランド体験だと、広告的な視点から見栄えとか成立しているかとか気になってしまいますけど、大学の研究って別にいい結果を出すためだけにやるものでもないですよね。学生が関与しているプロセスだったり、新しいことに挑戦する姿勢を対外的に示したりすることで、学生を獲得しようとやっている行為だって考えたら意味があると感じました。学生獲得のための体験として、こういう視点もあるのかという発見があったのはいいことじゃないかなと。
イム : (地域を循環するバスのような共同配送システムと、それと連携する野菜のEコマースという)全体のフレームはめちゃくちゃいいなと思ったんですけど、実際どれだけワークしているかがわからなかったんですよね。取り組み自体はとっても素晴らしいし、ぜひここからいい野菜が買えるなら買ってみたいですけど、それくらい仕上がっているのかなと。
米澤 : Twitterで検索したら、松本でも始まるってニュースになっていました。ちょっとずつエリアを拡大している。
保持 : デジタルエクスペリエンスというカテゴリーの評価項目じゃないかもしれないですけど、「やさいバス」というネーミングはうまいなと思いました。実際は普通のトラックだし、バス停も提携している事業者なんですよね。それを「やさいバス」としたことで、類似サービスがあったとしても生活者との距離が近くなる。そういう効果はあると感じました。デジタルエクスペリエンスとしてはどうなのかなとは思いましたが。
嶋 : このビジネスの事業者が生産者と生活者を結ぶEコマースサイトと流通を組み合わせた体験を作ったってことですね。
橋田 : そういうビジョンはすごくいいと思いました。「小さなところから始めていく」こと自体が、サステナブルな取り組みのスタートラインとしていい。
レイ : パッと見は地味で、それほど目立たないと思ったんですけど、伝えるべきメッセージをあるツールというかたちでうまく表していると思いました。耳の聴こえが悪い人はたくさんいるんですが、偏見がないようにどう当人にわかってもらうか。それをデジタルツールとその体験によってシンプルに伝える(高音で鳴く鳥のさえずりが聴こえないと難聴の可能性があることから、野鳥の声を聴力テストのツールにした)。落とし込み方もデジタルとはあまり関係ない自然の中に見つけているところもいいと思いました。
米澤 : これ、すごく好きでした。コンセプトがいい。ただ、実際にやってみると、外で鳥の声を聴き取っても、それがどの鳥なのか答えが表示されるわけではない。自然の中でテストする部分が機能してなかった。(ウェブサイトから)鳥の声を再生して、それが聴こえるかどうかは機能しているけど、一番素敵な部分が機能していないのが気になりました。
菅野 : 理論的にはこの鳥がいる可能性が高いということしか言えない、ということですね。
米澤 : そうです。スマホのマイクで聴いて、「今やぶさめが鳴いているよ」と出るならいいけど、その機能がなくて。
嶋 : 60種類の鳴き声がアプリに入っていて、それをタップしたら確認できるけど、外に行って聴くというシチュエーションを実現するのは難しいということですよね。
保持 : 「この鳥が本当に鳴いているから聴こえるはず」というアテンションが出るなら良かったですけど。
橋田 : バードウォッチングというリアルなことも含めての体験設計にはアイディアがある。だから、そこまで出来ていなくても評価できるのではないかと思いました。
米澤 : そうしたら、「この鳥は周辺にいるはずだけど、声が聴こえないから遭遇できてない」ということが検知できるようにしないと。理論的にはできるし、やろうと思えばできることですから。
イム : 僕、たまに耳がフタされたみたいになることがあって、加齢でそういうふうになることがあると聞いて病院に行ったんですよ。でも、難聴を疑っている人がこれをやる気持ちがちょっとわからなかった。聴力テストを鳥のさえずりでやろうってなるかなと。
関戸 : 私は本当に聴力テストをやるためのツールというより、これをきっかけに難聴について話を切り出すためのツールなんだと捉えました。補聴器を作るのに抵抗のある人に、補聴器を販売するきっかけを与えるツールだと思って。スクロールすると最後に補聴器の販売欄が出てくるんですよ。誰かに誘ってもらってバードウォッチングに行って、そこでこのテストにトライするのかなと。
嶋 : 鳥の鳴き声をテストに使うというアイデアは評価すべき着眼点ですよね。家で音を聞く聴力テストは今までの聴力試験に比べて面白い体験に仕上げましたよね。
菅野 : 鳴いてないだけなのに、「聴こえてない」となってしまうリスクもあるということでしたね。
大八木 : 「自然の中で野鳥を見つける手助けをしてくれる」とあるけど、「野鳥が見つからないときに、このテストは成立しなくない?」ということですよね。そこは言う通りだなと。「ここに野鳥がいるかもね」とやっちゃうと、鳴き声が聴こえないときに、それは耳が聴こえないせいなのか、鳥が鳴いてないせいなのかわからない。大事なところだと思います。
八木 : もし、自分が難聴だったら、森に行ったときに鳥の声が聴こえなかったらイヤだなと思う。だから、厳密なテストになってなくてもいい。「補聴器を試してみようかな」と思えたらいい。そう考えたら、テストはあくまでサブ的なもので、「音がちゃんと聴こえる」という体験を守りたいということなんじゃないか。
尾上 : でも、そこまで意識した作りになっていない。もっといろんな取り組みが必要なんじゃないかと思いました。
大八木 : 身体測定のときにやる聴力試験の音をすべて鳥の声に変えてみました、とかだったら逆に素敵だなと思って。「この世界を聴力テストの場に変えました」というテック寄りの発想は、作り手としてちょっと不親切だなと。聴こえるか聴こえないかってすごくシビアな話なのに。
イム : 「聴力試験を鳥の声で」と言われたほうがまだ素直に聞けました。
大八木 : もっとできることがあるはずなのに、中途半端だと思っちゃったんですよね。
菅野 : 不安を煽りますよね。「もしかして俺、聴こえてない?」と。
保持 : やっぱりその場でその鳥が鳴いているのを判定できないと。
えぐち : 高齢者がターゲットでスマホアプリというのも、本当に高齢者がこれをやるかなと思ってしまいました。
菅野 : 病院に行きたがらないし、聴力試験もしたがらないしって人に対して、どういうふうにこれをやってもらうのかがわからないと思いました。「自然な行動をしているうちに聴力テストができちゃった」みたいなことならいいんですけど、このアプリを使う以上、結局は「テストしてこい」と言っているのに等しいと思っちゃう不自然さを感じました。
嶋 : 「やさいバス」がネーミングによる置き換えがうまかったように、聴力検査を「やぶさめの鳴き声が聴こえるか試してみませんか」と置き換えたら良かったんじゃないか、と。
菅野 : 鳴き声のサンプルもあるけど、そこで聴力は確認できてしまいますよね。
嶋 : 本来的な目的としてはそれで十分機能するのではないかと思いました。サンプルを聴いたうえで、「もし本物を聴きたかったらここにいるよ」と教えてくれている。
東畑 : 山に通っている人が鳥の鳴き声から聴力テストができるというアプローチは自然で、そこに加えて鳥の声の判別が山の中でできるのが素敵だと。(このサービスは)そこから始まっているんじゃないですか。判別まで対応できてないのが惜しかった。
米澤 : せめて登山ガイドさんで正解がわかる人がいる、とかいうイベントをやっていたら違ったと思ったんですけど。スマホに任せっきりというのは。
東畑 : あと聴力試験はイヤだという人が公園でもできたら良かったんですけどね。それがギリできてなかった。
嶋 : これは(古典文学に登場する絶景の出現確率を予測し、その場所・時間までナビゲートしてくれるサービス)いい仕事だと思うんですけど、三菱自動車のワイルドなSUVに乗るような人たちに、「万葉集のこの景色が見たい」という世界観が合うのかなあ?って感じたところもありました。去年の「雲海出現NAVI」と同じように、ドライブの新たなモチベーションを創出するのはいいチャレンジだし、それをデジタルで作っていくというのもいい。さらに気象状況も加味して探してくれるっていうのもすごくいい。意外にカルチャー・文系のSUV好きもいるのかな?
東畑 : このクルマに乗っている人が素直に反応するかどうか。
嶋 : シリーズとして広がっている継続性を含めて評価してもいいかなと思いました。そこだけがちょっとね、引っ掛かったの。これって他社のクルマに乗っている人がやってもいいんですよね? だとしたら、三菱自動車はいいことやっているよねってブランディングにもなるし。
菅野 : 自社ナビだけのサービスじゃないですからね。前回、僕自身は雲海に興味がなかったので、「みんな絶景が好きなんだなあ」という感想だったんですけど、今度の古典はどれくらいのひきがあるものなのでしょうか?……。
嶋 : 僕は好きですよ(笑)。
橋田 : 前回とも違う、新しいターゲット層を取れていますよね。
嶋 : シリーズを通していろんなドライブの可能性を世の中に提示している。
菅野 : 雲海からの古典ですけど、それぞれの魅力がありますね。
菅野 : 鑑賞者が鑑賞しているその場で感じている気温と湿度と同じ状況で描かれたであろう名画をAIが提示してくれる作品です。
嶋 : ストックの数は……。
米澤 : 700万枚。
嶋 : すごいですよね。
小杉 : 単純に絵を見るという行為に新しい視点を加えてくれた。こういう視点で鑑賞できるんだという発見がありましたね。
菅野 : まさにデジタルエクスペリエンスでしたね。
米澤 : 画家のタッチで色の雰囲気とか変わってくる中で、どれだけ推定する気候が確からしいか。そこがどうなんだろうとは思いました。
菅野 : 少なくとも気温は正確にはわからないですよね。画家が脳内でどう捉えているかですから。ゴッホとか全部真夏になるんじゃないかとか。
大八木 : 南仏の風景を描いた絵は全部暑い日に表示されるとかね。データ取得の方法は実際にどうなっているんですか?
菅野 : 写真データと気象データを突き合わせて学習しているそうです。絵から「これは30℃くらいの状況ですね」と判断して分類して、鑑賞者の気候に合ったものをAIが表示する。
大八木 : だから、(絵画が描かれた気候を正確に分析しているというより)気分は合っているということですよね。
永松 : 絵画はホワイトキューブの中で見ることが多いじゃないですか。そういう鑑賞の仕方しかないと思われているくらい。外の気候を感じながら鑑賞しようって体験は、すごく新しいと感じました。
イム : どこに置くかで気分が変わりそうですね。たとえば、水平線をバックに置いたら全然違う鑑賞体験ができる。これが町中だったらまた変わるでしょうし。そういうことを想像するといいですよね。
嶋 : これ(Perfumeのライブに集まった1万2000人を5G通信によりリアルタイムでつなぎ共有体験を創出)は体験したら楽しいと思いました。いいエンゲージメントを作っていると思います。5Gの特徴である“大量の人が瞬時に”というのが目の前で起こることによって、説明しなくてもすごさがわかる。携帯キャリアの3社とも5Gの啓発をしようとしていますが、これが一番シンプルじゃないでしょうか。みんなスマホを持ちながらやっているのがリアルで分かりやすかった。万単位の人が集まっている空間でやるから、5Gのすごさにリアリティがとてもあった。
東畑 : 無理してない感じが腑に落ちましたよね。
嶋 : そうなんですよね。意外にベタなことをやっていて。そこに、すごく難しいテクノロジーを使っているんですけど、やっていることがすごく分かりやすい。
栗林 : ただ、ここにいる人には深い経験だけど、映像として見るとすごさは伝わりづらい。
嶋 : 格差はあるかもしれないですね。そこは気になりました。
菅野 : 確かに、ここにいる人に比べると外側で見ている人とは体験の深さに差はあります。
栗林 : でも、これがニュースで取り上げられたときに、このすごさの部分が説明されれば、そこは解決しますね。
嶋 : これ(Perfumeのライブを横浜アリーナから渋谷にリアルタイムで転送)はどちらかというと「距離を超える」的な方向ですね。
菅野 : 渋谷のスクランブル交差点に5Gのアンテナを立てて転送しています。
イム : スクリーンの中のライブは横浜で行われているのに、向こうでピカッと光ったらこちらでも瞬時に光る。完全に同期していました。
嶋 : ただ、5Gのすごさを体験するという意味では、さっき(アリーナ伝心)のほうがわかりやすい感じはありました。
橋田 : 目の前でリアルタイム性がガチっとくるのが5Gの良さなんですけど、こちらのように映像が一個だけ転送されていると、ちょっと裏側が気になりました。
大八木 : 未来のライブ環境をいかにアップデートするかという意味では、いいチャレンジでした。
イム : 5Gがすごいのは「リアルタイム」なんですよね。どでかいデータを瞬時に送れる。遠く離れた場所で起こっていることを目の前で見ることができる。でかいスタジアムだと後ろのほうの席は声が遅れて届くじゃないですか。5Gはそれを一切感じない。だから、ステージと渋谷が完全に同期している感じがすごかったんですけど、これは実際にあの場にいないと、なかなか一般には伝わりにくいですよね。
菅野 : これ(タレント2人のInstagramアカウントを使い、15秒のプライベートファッションショーを7日間行った)は話題になりました。
保持 : 日常の瞬間をランウェイにするという見立てと、Instagramの縦型動画というフィルムのアートディレクションとの定着が素直でいいなと。今年のエントリーの中では光っていて、すごく好感が持てました。
栗林 : よく実現できたと思って。勇気がいるし、ちゃんと結果を残しているのもすごい。
菅野 : シンプルで筋の通った企画ですよね。
嶋 : 自然に見えました。
大八木 : かわいい。
保持 : 隙のある定着がすごく良かった。
栗林 : めっちゃ作り込んでいるのにナマ感を残している。
小杉 : 一枚一枚アイデアがあって、見ごたえがありました。
橋田 : ボウリングの動画とか、ラストの2人の出会いとか、すごいうまくできていました。実は自分の中で最高点を付けたんです。広告動画なんですけど、シンプルなソリューションの中での設計と、縦型動画のうまさ。最近、6秒とかでブランド名をバンバン言って効率的に認知向上を狙うデジタル動画が多いですけど、これは何も言わない。「なんなんだこれ」と思って見ていると、途中でトミー・ヒルフィガーということを発見させる。うまいですよね。
イム : 僕はこれに最高点を付けました。VRコンテンツも増えてきましたけど、実際に自分がその世界に入り込んでいる感覚が得られるかというと、あまりうまいこといっているものがなくて。これはすべてが検閲される環境の中で、検閲されない世界を自分たちで作る(というストーリーの小説を初の武道館ライブ前に公開)。そこからライブに向けて楽曲を集めたうえで、会場でスマホをかざすと、リアルタイムで検閲が取れていくという流れ。ライブを見ているというより、スマホを通じてアーティストが描いた世界に入り込んでいる感覚でした。えらいことやっているなと。
菅野 : プロジェクトの中でたくさんの施策が行われていましたが、特にどれがすごかったですか?
イム : いや、すべてが一体だったんですよ。
小杉 : ライブは一夜限りだから価値が付けやすいですけど、それをデジタルによって長期間つながる体験にしているというのが新しいと思いました。
嶋 : たくさんの施策の統合をちゃんとするって難しいですけど、楽曲の売り方からライブまで楽しみ方にひとつのストーリーを設計して作っていて、最後は一体感で終われるというのはものすごい引っ張り方。これはゴールド以上で評価していいと思いました。
大八木 : 制作者としての受発注というよりは、一緒にバンドの一員みたいな感じで作っていました。これは変わっていると思ったし、検閲というアイデアをamazarashiの歌そのものとして提供できているのはすごいなと。ある意味でアプリの役割も「ここまでだよね」と割り切って、光らせるということに絞っていますし。
永松 : スマホが光るように計算してライブを演出しているのがすごいと思いました。
嶋 : イベントとしての盛り上がり感も計算されているということですよね。
尾上 : 一貫した世界観を崩していない。ファンがどこまで付いてくるか理解したうえでやっている感じがしました。みんなで作り上げた空間が、一連の流れに乗って最後に爆発する。それは超感動すると思います。
菅野 : まさにデジタルエクスペリエンスに適していると思うんですけど、会場にいる人がもっともディープな体験になっている。そこで味わうものが深ければ人数だけが勝負じゃない。これは外に向けた効果というより、ここにいる人の体験が非常に素晴らしいということで評価されました。
保持 : 事前審査では外に向けて課題を持っているのかと(概要説明を)誤読していました。あらためて見たら、ライブの事前事後も含めてバリューがある。だから「(ライブに行かなかった人が)次は行ってみたい」ということになるのだと思うと、ライブ体験を拡張している感じはすごくありますね。音楽を単純に聴きに行くだけじゃない。ライブの価値をすごく上げていると思いました。
橋田 : それだけ長期間エンゲージメントしていると、面積的にはすごいですよね。当日だけでなく、ずーっと常時接続でコミュニケーションを取っていて、その全部がライブ体験になっている。
菅野 : ファンとのエンゲージメントがたった1日でなく、長い期間で考えられている。
大八木 : デジタルエクスペリエンスを使って、世の中に対してストーリーを描くということもすごく面白かった。ライブ演出でも、amazarashiのアーティスト性や歌詞の世界で、今の世の中とは別の世界を作っていた。単なるライブ演出を超えていました。
イム : デザインがすごく良かったですね。企画負けしてないというか。
嶋 : これは拡張ですよね。
菅野 : こちらはゴールドが2つありました。「#15秒ランウェイ」と「The Dystopia Experience」。どちらをグランプリにするのがブランデッド・コミュニケーション部門のメッセージとしてふさわしいか。
イム : 「The Dystopia Experience」という名前の通りで、デジタルエクスペリエンスによってライブの体験を2カ月前から高めていき、感動をライブで爆発させた。すべての断面において良かったので、こちらをぜひグランプリに、と思いました。
菅野 : 「The Dystopia Experience」はamazarashiというアーティストをブランドとして捉えたときに、ブランドとお客さんのエンゲージメントをデジタルエクスペリエンスによって作った。一方、「#15秒ランウェイ」はInstagramというデジタルメディアを今どきらしい使い方によって上手に新しいブランド体験を作った。両方、ブランデッド・コミュニケーションとしてふさわしかったです。
橋田 : 僕は全作品の中で「#15秒ランウェイ」にもっとも嫉妬しました。「何で思いつかなかったんだ!」と。
保持 : これはピカピカのゴールドという感じがしました。
菅野 : 僕もどっちもゴールドなのでは、と思いました。
佐々木 : デジタルエクスペリエンステゴリーでは、「これは新しい!」と思えるものがなかった。もし然るべきメッセージ性がるのであれば、グランプリを出してもよいのかもしれないが。
菅野 : 応募総数も実際、デジタルエクスペリエンスが一番少なくて、デザインの半分くらいという現実もあったんですよね。
嶋 : 9点満点中7点以上になったものが「Aカテゴリー」と「Bカテゴリー」にはなかったんですよね。
米澤 : 私もグランプリなしかなと思いました。どちらもすごく丁寧に設計されていて素晴らしかったけど、見たことのないアイデアだったかと言われると。
菅野 : 「#15秒ランウェイ」も悩んだんですけどね、グランプリかと言われたら……。
イム : 一個一個は確かに新しくはないですけど、「The Dystopia Experience」はアーティストの世界観を適切にデジタルエクスペリエンスに織り込んでいて、これを体験した人の気持ちになったらものすごい没入感があっただろうなと思った。しかも、その体験を人に伝えたくなるところまで連れて行ってくれた。
菅野 : このランクにいるのはすごいと思いましたよ。「#15秒ランウェイ」も、今っぽい広告とはこういうことなんだ、これはできねえや、と思わされました。
イム : すごく作り手の熱量を感じるんですよ。そういうやりきった施策に対して、「よくやった!」という気持ちは伝えたかったんです。
佐々木 : 素晴らしい作品だとは思いますが、グランプリのメッセージ性を考えるとゴールドでもいいのでは、と思いました。
八木 : すごく純粋に「いい体験だな」と思ったので、「The Dystopia Experience」をグランプリに推したい気持ちにはなったんですけど、デジタルの側の人たちがそこまで言うなら、と躊躇しました。
イム : どこかが中途半端だったら冷めちゃう。なのに一切それがなかった。手放しですごい。仮想現実とリアルの境界を曖昧にしているところが秀逸でした。
尾上 : 日本武道館での初ライブなんて、ファンにとっては“伝説の日”なわけですよね。それをこういうシンプルなテーマでファンをつなぎ、アーティストの夢が叶った瞬間を共有できるものにした。これはグランプリだと思いました。
菅野 : 議論の末、多数決を行い、接戦の末に「グランプリなし」という結果になりました。「The Dystopia Experience」が9票、なし10票で、惜しかった!
Bカテゴリー(プロモーション/アクティベーション)
菅野 : もともとDカテゴリー(デザイン)へのエントリーでした。
関戸 : 単純なグラフィックの表現として審査するべきなのか、掲出された場も含めたコミュニケーションのデザインとして審査するべきなのか。どちらで判断すべきか難しいなと思いながら票を入れました。言葉が強い作品なんですよね。
菅野 : 「とりあえず生」に対しての「あえてのビン」ですよね(瓶ビールを若者向けに飲んでもらうため、飲食店メニューでの「瓶ビール」という表記を「あえてのビン」に変える提案をした)。デザインの審査では評価が分かれました。
嶋 : デザインとしてはちょっと狙い過ぎかなって感じたんですが、「あえてのビン ○○○円」というシンプルなポスターは店頭でツールとして実際に使いやすいのではないかと思ったんです。お店の人がすすんで貼ってくれるのでは。その意味ではお店に対するアクティベーションだし、お客さんに対するアクティベーションにもなっている。俄然プロモーションで褒めたい仕事でしたね。
菅野 : という議論を経て、こちらのカテゴリーに移行させることになりました。僕もプロモーションとして考え直してみて、特に「あえてのビン」というコピーライティングが良いと感じています
嶋 : 概要説明ボードも、(審査員に対する)優れたプロモーションになっていましたね。「メニュー表を変えただけで!」と大きく書いてあって(笑)。
菅野 : このポスターは実際に何度か見ました。ただ、「あえてのビン」と本当に(メニュー表に)書いてあった店は見たことがなかったのですが、実際どれくらい実施されたのでしょうか。そこがプロモーションの評価として引っかかっています。
大八木 : アサヒビールを入れている店の全部に配っていたらすごいですけどね。そうしたら、「あえてのビン」といえばアサヒになる。
保持 : Instagramのハッシュタグで、キリンの一番搾りに「#あえてのビン」と載せているのはありました。言葉が流通すると固有のブランドを超えるので、そこは浸透している感じがしています。ただ、実際に店のメニュー表が変わっていたかという点はどうなんだろう。同じBカテゴリーの「神泡。」(サントリーホールディングス)は、けっこうお店で見る。しかも、コピーとして機能していると感じたんですよね。これを評価する際のベンチマークをどこに置けばいいかなと見ていました。
嶋 : 「あえてのビン」も、コモディティ化するビール市場に新しいビールの飲み方の提案になっていた。
菅野 : 「あえてのビン」に関していうと、メニュー表を広告にするというのは面白かった。
永松 : 私は「飲みたいっていうか、話したい」というコピーが、あまりピンとこなかった。「生ビールでも飲みながら話すしな」って。ちょっと納得性に欠けていました。
菅野 : 生ビールよりは瓶ビールで、しかもあの小さいコップで、という点にコミュニケーションが生まれるという主張はわかるけどなあ。
イム : 「まあまあまあ」ってやつですよね。
嶋 : 注ぎ合うことが大事ですよ。
菅野 : シェアする感じがある。瓶で一緒に飲むことが嬉しいという感覚。
イム : 相手のコップが空になっているかお互いに気にする。そこからコミュニケーションが始まる、と。
菅野 : そこに名前を付けてプロモーションアイテムにしたことが評価ポイントですね。
菅野 : アサヒビールの「あえてのビン」とセットで議論になりました。
東畑 : ビールを泡で売る。すごい新機軸ですよね。
嶋 : ハイボールのときもそうだったけど、店頭から家から、すべての飲用機会に対してプロモーションをかけていくサントリーの徹底感がすごかった。しかも、ビールの売り上げが年々落ちている中で過去最高の出荷数を記録している。そのリザルトも含めて評価されていいと思いました。
大八木 : 個人的に「神泡。」というコピーには不安を感じたんですよね。普段の仕事では神様というワードは全部NGなので。神様は宗教によって全然違うから、そんな言葉を広告のワードに使っていいのかなと最初にすごく思いました。
嶋 : この数年で「神○○」みたいなワードが普及して捉えられ方も変わってきたから。
保持 : 昔はけっこう「良くない」とされていましたね。
イム : サントリーさんが装置(缶の外から超音波振動で神泡を作る『神泡サーバー』を家庭用に発明した)を作ってから、「これに名前を付けてください」でこうなったのか。それとも装置も言葉も一緒に作ったのか。
嶋 : この泡で売ることに決めてから飲食店用のサーバー(『神泡ノズル』)を作って、缶に装着するやつ(『神泡サーバー』)もあとから開発したと聞きました。
大八木 : アサヒビールさんがエクストラ酵母で新しい飲用機会を広めようとした中、サントリーさんは泡でいったと。
嶋 : 微小な泡が出やすいノズルを作って、それが実際に3万6000店で使用されているのはすごいですよね。
大八木 : サントリーさんならでは、という感じがしますね。
保持 : 店頭のグラフィックも効いています。この「神泡。」のビジュアルはよく目にしたし、飲んでみたいなと思わせた。
嶋 : アイデアだけじゃなく、ちゃんと実装して、しかも効果が出ている。それがすごい。ビールの売り方、飲み方を変えた。
石下 : コピーが「神泡。」じゃなかったら結果は違っていた気がします。この2文字だったからこそ。
小杉 : 僕も仕事でビールの撮影をさせてもらったことはあるんですけど、このきめ細かい泡って名前がなかったんです。でも、ここで「神泡。」と定義したことによって、未だに携帯で撮る写真のことを「写メ」と呼ぶような影響があるんじゃないかと。大げさかもしれないですけど、それくらいネーミングによって明快になった例だと思います。
東畑 : ザ・プレミアム・モルツは今まで「最高金賞」という権威でやってきたけど、それが薄れてきたときに、お店での体感そのものを価値にしたと。
米澤 : この缶につけるやつ(『神泡サーバー』)、ネット通販で買えるんですね。
嶋 : 550万台の出荷だって。すごい数。
えぐち : ここ1、2年、ビールを注ぐときに、「俺、神泡つくれるよ」みたいな人がいませんでした? だから、一般の人が使う言葉になっているんじゃないかと感じています。
嶋 : 今まで他社が「鮮度で選ぼう」と言って、鮮度やのどごしを気にしてビールを飲む人が増えたように、「神泡。」によって泡で味わう人が増えたと。圧倒的に消費のスタイルを変えて、しかもこの規模でやり遂げた。プロモーションのカテゴリーで評価せずにどこで評価するのかということでした。
橋田 : 東京メトロとJR東日本がタッグを組んだ施策ですね(五輪スポンサーの両社が、東京オリンピック・パラリンピックの全55競技を解説する車内コンテンツを展開することで、大会へ無関心な人が自然に興味を持てるよう啓蒙活動を行っている)。各競技の見どころをトレインチャンネルで見せてくれている。自社のことではなく、TOKYO2020のためだけにやっている地道さと真摯さを評価すべきかと。インフラをうまく活用したプロモーションとして評価できると思いました。
嶋 : これは実物をよく見たし、内容もすごく良かったですね。議論はプロモーションとして機能したかというところに集中しましたね。
菅野 : これが両社のプロモーションになっているのかということですよね。でもちゃんと、競技会場に結びつけたメッセージになっています。
嶋 : まず、どこでどの競技をやっているかという情報を提供する。そこから、「電車で競技会場まで行こう」という意図は読み取れるでしょ。どこまで、その行動を喚起できるか議論になりましたね。
実際に見ると、「この競技ってこういうことなんだ。面白い!」ってトリビアも入っているし、そういう意味ではフィルム部門のBカテゴリー(Online Film)に出ていてもいいかとも思ったんだけど。
橋田 : でも、Online Filmの審査基準ともちょっと違うじゃないですか。評価するテゴリーがなさそうだと思ったんですよね。
嶋 : だから、端っこを審査する僕らが評価しようってことですよね。
橋田 : このカテゴリーでも、人と人、人とオリンピック競技とのエンゲージメントを作っていると考えれば、僕はプロモーションとして評価できると思いました。
イム : 僕も一個一個の映像はすごく面白くて。まったく興味のなかったマイナー競技にも関心を持てる感覚がありました。
菅野 : 自分が乗っている路線の競技会場が出ると、「ここでやるんだ」と感じ取れる。だから、東京の移動を担っている会社のブランディングにはなっていたと思います。ただ、この映像を見るために電車に乗ることはないと思うので、そこがプロモーションとしてどうかな、と。JRさんとメトロさんが一緒にやっているのはいいなと思いました。
イム : こういうのって、PRではないんですよね?
菅野 : どうでしょうか。PRでは……ないのかな。
嶋 : “オリンピック・パラリンピックに対するみんなの認識が今こうだけど、この施策によってこう変えるんだ”という文脈で成果をあげればPRのカテゴリーでもいいと思うけど。
菅野 : アイデアとしてはプロモーションに近いと思ったんですよね。応募資料に記載されているように、五輪への関心は人気競技に集中する。全55競技中41競技は世間の興味が10%にも満たないという課題認識の中で、鉄道会社が「観たことない競技も見に行こうよ」と啓蒙をする。そこは意味としてつながっていると思います。電車に乗っているときに、「こういう競技もあるらしいから、見に行かない?」と友だちに勧めることもあるだろうし。よくJRさんやメトロさんが街の紹介をしているのと同じことですか、プロモーションとして間違ってはいない。
東畑 : 映像の作りも丁寧でしたね。
大八木 : しっかり作ってあると思いました。
嶋 : とてもクオリティが高い。
上西 : 意外とデザイン部門だったのかもしれないですね。ブランデッドコンテンツとして絶対にブランディングには寄与していますから。
菅野 : 一時はファイナリストからも落ちそうでしたが、議論した上でリボートしたら上がったケースでした。
関戸 : 廃線になりそうだった路線(JR根室本線 花咲線)が、クラウドファンディングで3億円も集めた。ずっと利用者が減少していた路線に「地球探索鉄道」というタグラインを付けたんですよね。景観が素晴らしいところだから、「地球を体感できる電車だよ」と再定義した。ただ、それによって3億円も集まったのか、そもそも鉄道ファンがたくさんいたから寄付が集まったのか。施策と結果のつながりにわからないところがある。でも、とにかくすごい結果は出ているので、これはぜひみなさんと議論したいと思いました。
栗林 : (鉄道の魅力を紹介する)映像がめちゃくちゃきれいでした。
関戸 : 写真もきれいに撮っていて、応援したくなる雰囲気がすごくあります。
嶋 : この仕事に関してはゴールが何かって議論しましたよね。実際にこの鉄道に人を乗せるのが目的だったのか? クラウドファンディングに人を巻き込むことが目的だったのか?本来前者が望ましいわけですよね。
橋田 : クラウドファンディングでお金を集めることが目的だった。実際に人がお金を出したわけですから、プロモーションによって動いていると言えると思いました。
嶋 : だったら、この3億円をそのまま赤字補てんにまわしたほうがいい。
井上 : すごくいいと思ったんですけど、どう評価するか迷っています。寄付が3億円集まったけど、寄付した人がどれだけ乗りに行ったのか。乗客数はどれくらい増えたのか。いろいろ調べたんですけど、なかなか数字は出てこなくて。あまり変わってないのかなぁと。お金が集まってすごいよね、というものではないんじゃないかと思ったんです。
嶋 : どうしたら路線を存続していくことができるのか。そこが出発点なんだから、利用者を増やすことが目的だよね。
橋田 : (寄付した)2万人のエンゲージメントと3億円も集まったという点が、プロモーションになっていると僕は思いました。
大八木 : 人口が減っていく中で、こういう利用者がどんどん減っている路線は廃線にせざるを得ない。ただ、そういう経済合理性を超えて、観光列車にすることで存続を目指すところがアイデア。そんなことができる路線だったら、この3億円も有効的に使ってくれるんじゃないか。好意的に見たらそう考えられますね。
保持 : 評価の分かれ目としては、施策すべてのところで「地球探索」感が血の通ったものになっていたかというと、そうじゃないのもあったのかなと。
イム : とはいえ、お金のない状態で始めたことだから、限界もあったんじゃないかとも見える。
米澤 : ふるさと納税も含めたガバメントクラウドファンディングって、1000万円くらいが多いんですよ。この3億円は目立って高い。リターンにも航空券や宿泊券付きを用意していて、新しい集客のやり方として目の付け所が面白かったですね。
関戸 : 今年の夏には期間限定で2両編成になったそうです。今後も増やしていくかどうかは出ていませんでした。
大八木 : でも、廃線を検討していたくらいの路線が車両を増やせたというのはすごいですよ。
菅野 : 頻繁に旅行に行ったり住んだりすることはできないけど、この路線は残ってほしいと思う人はいる。文化遺産みたいなもので、毎日は行けないけど、存続のためのお金は出すよという人たちを動かした。
嶋 : そう考えればプロモーションとして評価できました。
嶋 : 夜に地震が起きたとき、どう対応すればいいのか。それを音声コンテンツで教えてくれるという、すごくいい仕事です。ラジオ福島で放送した内容をデジタルでも聴けるように、福島民報と協力してオープンソース化している(ウェブ上のほか、新聞紙面にも訓練内容を掲載)。内容としても、停電中の避難の仕方を音声だけでシミュレーションできるようになっていた。その意味で、これはデジタル・エクスペリエンスじゃないかと思いました。
菅野 : 2019年3月11日の夜にオンエアされたものですよね。
嶋 : もちろん、そこで聴いた人もいるでしょうけど、オープンソース化したことで誰でも体験できるデジタル・エクスペリエンスになっていた。そういう意味ではAカテゴリーでもいいかなという話をしましたね。
保持 : 災害時におけるラジオの価値を、ラジオから出発して広げていくのは違和感がありませんでした。新聞やラジオが防災意識を訴えるブランドとして、新しいエンゲージメントをつくっていくという意味ではちゃんとしています。ただ、嶋さんがおっしゃるように、果たしてプロモーションなのかと言われたらどうか、という問題はありましたね。デジタル・エクスペリエンスだとしても、施策の真ん中にデジタルがあるわけじゃないし。そこが悩ましかった。
菅野 : 広げる過程では明らかにデジタルが活用されていた。ただ、メインアイデアが「昼に行われていた避難訓練を夜にラジオを使ってやってみる」とされているから、デジタル・エクスペリエンスのど真ん中ではないかな、と。
保持 : プッシュ型のメディアで突然始まる感じに避難訓練らしさが出ているし、むしろPRなのかも。
橋田 : プロモーションの概念も、抽象化していくと「人を動かす」までいっていいんじゃないでしょうか。そう考えると、「夜に避難訓練をやってもらう」という行動を作ったわけですからプロモーション的です。
菅野 : 人を動かすのがプロモーション、人の認識を変えるのがPRということなのでしょか。
嶋 : 橋田くんの説明を聞くとプロモーション領域で評価するっていうのもありだと思いましたが、であるならばそのリザルトがもうちょっと明確になってたほうがよかったなと。
「広告費換算で1200万円の露出効果」というリザルトは示されていますが。それはパブリシティ露出量ですよね。もちろん、それもすごいことなんですけど。そのプロモーションとしての軸足が明確になるとよかった。ラジオの可能性を秘めているいい仕事なので。
橋田 : おそらく人数ははかれなかったんでしょうね。
保持 : (エントリーの際に)リーチ数くらいは書いてほしかったですね。
菅野 : 繰り返しになりますが、何をプロモートしているのか、というのはちょっと引っかかっていました。
米澤 : ラジオが非常時に役立つメディアである、という(ラジオ自体の)プロモーションなのかなと捉えました。
嶋 : そんな議論をしていくうちに違和感が解消された施策でしたね。
菅野 : PRに移設するか挙手をして、プロモーションに留まることになったケースでした。
嶋 : この施策(若いメンバーだけで構成される新しいバンドを作り、それを「マキシマム ザ ホルモン2号店」と命名。バンドのフランチャイズ化を謳った)は、ミュージシャンの人気を拡張するための新しいやり方だと思いましたし、既存のファンも一緒に楽しめるコンテンツになっていました。公開オーディションをコンテンツ化することによってファンを共犯にして、一連のプロセス全体をパフォーマンスにした。デジタルで音楽体験を拡張するのとは違う、フィジカルな方法で拡張するやり方として面白かった。
保持 : 「新人バンドのプロデュース」じゃなくて、「フランチャイズ化」という位置づけが上手だと思いました。
嶋 : ラジオ番組的な雰囲気をかなり感じました。
佐々木 : 一次審査で付けられた順位よりもっと上に行ってもいいんじゃないかと思いました。
石下 : 「アーティストのプロモーション」と聞くと何でもやれそうなイメージがあるけど、意外とできることは限られているんですよね。「そのアーティストならでは」が必要で。なおかつ、あれこれやり尽くされてきた中、新しいことをよくやったなと。「1」「2」じゃなくて、「フランチャイズ2号店」としたのも面白いと思いました。
橋田 : アーティストがフランチャイズしちゃうって、確かに禁じ手っぽいですよね。でも、それにファンのみんなが乗っかって行ったのがすごい。アーティストのまとう雰囲気をよくわかっている。
嶋 : ミュージシャンのプロモーションとして進化を感じました。
菅野 : リボートしたらかなり順位が上がって、「みんな落ち着いて!」となりましたね(笑)。
菅野 : (「楽器を持つ子は銃を持たない」を合言葉に貧困や暴力の問題が根強い)コロンビアの子供たちに、ヤマハさんが新しい楽器(管楽器の「Venova」)を発明して届けるという仕組みで感動的なんですが、プロモーションとしてわかるようでわからなかったなと。
尾上 : 高い楽器だと盗まれてしまうから、こういう新しい楽器を作ったということなんですよね。
佐々木 : 僕は最初いいように解釈したんです。社会課題を解決するために「誰でも買える、盗まれない、壊れにくい楽器」を発明したという話だと思って。でも菅野さんに聞いたら、実は前からあったと。
菅野 : この施策のときには普通に販売していたようですね。このプロジェクトのために作った楽器じゃないのかな。着想は社会課題を受けてのものだったそうですが。楽器が高すぎて買えない地域の子供たちのために、安価で世界に届けられるものを、というモチベーションから生まれた。
米澤 : でも、管楽器だったらリコーダーのほうが安いですよね。もっとたくさんのリコーダーを配ったほうが音楽に触れられる子供たちを増やす意味では良かったんじゃないかと思いました。
佐々木 : どんな楽器でもいい、というわけじゃない。そこがヤマハらしさなんじゃないかな。トライアングルとかラッパならすごく安く配れるけど、音楽の体験としてレベルが高いものを提供したかったんだと感じました。サックスだったら将来にビジネスとして稼げるかもしれない。アーティストに育っていく可能性がある。でも普通のサックスだと盗まれやすい。だから新しい楽器を作った。そういうことなのかなと。
菅野 : サックスはすごく複雑な楽器で、どうしても何十万円もする。それと同様の音が出せる楽器を安価で提供したヤマハの技術力は確かにすごい。その背景にある「世界の貧しい地域に対して貢献したい」という気持ちも本当だと思うんです。
大八木 : ヤマハの技術力はすごいんだけど、それと施策との結びつきがよくわからないところでもあった。
石下 : もともとヤマハさんは中南米で「AMIGO Project」という活動をしていて、恵まれない子供たちの支援をしていた。その流れでこの楽器が生まれて、これをPRしようということで一連のプロジェクトが始まった。プロジェクトのクリエイターたちのインタビュー記事にそうありました。
菅野 : ずっと中南米の貧困地域への支援をヤマハさんはやっていた。その経緯から生まれた楽器であることは間違いない。
大八木 : だから、すごくいい。
東畑 : いいですよね。
保持 : ただ、「I’m a HERO Program」のためだけに生まれたものじゃなかった。
佐々木 : 審査はそこをどう考えるかでしたね。
菅野 : 開発に向けた思いを(楽器を持った子供たちがサッカーの会場で国歌の演奏をするまでを追った)ストーリーに乗せて発信した。これをプロモーションと捉えるかどうか。
嶋 : この仕事は「楽器を持つ子は銃を持たない」社会を作るためのPR活動と捉えることもできます。CSV(Creating Shared Value=共有価値の創造)を体現する仕事です。つまり、自分たちの得意技である楽器製造によって社会貢献する。企業も儲かるし社会も良くなる。そういうPR活動のお手本と捉えることもできる。
でも、PRの一次審査ではあまり評価されませんでしたね。なんでもいいから木を植えるみたいな昔のCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)ではなく、企業の得意な分野で社会貢献する。そうやって見るとすごくいいことをやっていると思ったんですけど。
イム : ドキュメンタリーは見ていて気持ちが良かったですよ。子供たちが大好きなサッカー選手の前で演奏するっていう。周囲のみんなも幸せになっただろうし。
東畑 : 楽器作りの動機と、その延長線上にあるストーリーがプロモーションとしてそんなに齟齬がない。動機も伝え方もちゃんとしていると感じました。むしろ、PRでの順位が低かったのが気になりましたね。
イム : 好きな施策でした(雪見だいふくの「2個しか入ってない」という特性を活かし、「それ1個ちょーだい」と言われたときに「あげる派」か「あげない派」か問いかけたキャンペーン)。結果も面白かったですね。あげる派が70%。意外とみんな寛容なんだなって。
嶋 : 僕もいいと思いました。「言われてみれば、そうそう!」という、いい気づきをエンタメコンテンツにした。対立軸を作ってエンタメにする手法として秀逸でした。
栗林 : これ、実は文脈があって。この前に「ポッキー、アイスの実、雪見だいふく……、あげるとしたらどこまでが許せる?」というSNSの議論を公式がうまく拾ったんですよね。
橋田 : 「2個」をブランド資産として捉え、プロモーションを仕掛けるというのが雪見だいふくならでは。販売に直接つながるキャンペーンとして、上位の中でもザ・プロモーションというのにふさわしい。
菅野 : 食べたくなるよね。
保持 : あげるあげないって考えが一回頭の中を通りますからね。「この美味しいアイスをあげるのか」って。そこがいい。
菅野 : みんな一回は食べたことある商品だからできることでもある。
佐々木 : だから、これは海外の賞は獲れないですよね。雪見だいふくをもらったときのうれしさを共有していないとわからない。
東畑 : あのサイズ感がわかってないとね。
佐々木 : ここで評価しないと、他の賞では評価されない。
嶋 : この仕事はPRでも上位に入ったでしょ。議論を起こしたということが評価されたと理解しています。しかし評価するならこれは圧倒的なザ・プロモーションだって仕事でした。
菅野 : そういう議論の末のリボートで順位が上になりました。
菅野 : サービスのデザインやデジタル・エクスペリエンスとしては素晴らしく、それぞれのカテゴリーでも高く評価されましたが、「これはプロモーションなんだろうか」という疑問がありました(スマートフォンから自分好みのコーヒーがオーダーでき、すぐに受け取れるボトルスタイルのコーヒーを提供するサービスを開発した)。
嶋 : 新しい体験を生み出したよね。いいプロモーション。
栗林 : 見落としちゃいけないのは、Twitterでのリーチ数が2740万ということで、普通の人にも「これを使いたいな」と思わせないと、この数字は出ない。
菅野 : 体験設計として新しかったので、あらためてプロモーションかどうかだけ意見を聞きたいと思いました。ありがとうございます。
永松 : 好きだったんですけど、何をプロモートしているのかわからなかった作品です(NHKの「オドモTV」内で子供の個人的な宝物を紹介するCMをプロの映像スタッフが手掛けた)。
嶋 : この仕事はいいですよ。つかみどころがない。カテゴリーがわからないものこそここで評価しないと。
米澤 : でも、これは去年のBASEのキャンペーンに似ていると思ったんですよね。
菅野 : 5歳児が自分で値段を付けて絵を売るキャンペーンですね(『5歳児が値段を決める美術館』)。
尾上 : オドモCMは宝物そのものよりCMにしてあげるところが大事でした。
橋田 : CMが番組で放送される、それがSNSで共有される。これに出た子供がヒーローになる。すごくシンプルなものかと。
嶋 : つまり、視聴者を増やすアクティベーション。
大八木 : 子供の想像力を形にしてあげる。そのアイデアを面白いと思うかどうか。僕はそこが判断のしどころでした。何のプロモーションかというと、番組の、でいいと思います。ただ、NHKだからCMが番組の一部になっているので、これを番組のプロモーションと見るかどうか。そこが各々の判断の分かれ目だったのかなと。
菅野 : 難しいですね。
えぐち : 「子供の想像力を伸ばす」ことを伝えたい番組で、そのプロモーションなんだと私は捉えました。
大八木 : 僕もそう思います。動機が尊いですよね。
菅野 : 応募資料によると、クライアントはNHKでも「オドモTV」でもなくて、「こども」になっています。子供の依頼で真摯にCMを作ってみたということでした。
佐々木 : 広告主がお金を払ってなきゃいけないのに(笑)。
嶋 : 番組のプロモーションと考え、あとはそれをどう面白く提示したか。そこが審査のポイントになりましたね。
菅野 : PRとデザインでエントリーされていましたが、審査の結果、プロモーションにふさわしい文脈の発見と定着の仕方なのではないかということで、こちらでも議論することになりました。
大八木 : 僕は『キングダム』が好きですけど、ああいうめちゃくちゃ売れている漫画はターゲットになる人をすでに狩り尽くしているわけですよね。でも、それをもう一度売ろうとなったときに、「ビジネスに役立つ」とダイナミックに切り口を変えた。そこはすごいと思いました。読者としても、実際に読んでいるときは、「王騎(漫画に登場する武将)のように仕事をしないといけないな」と思った瞬間がありましたし。ビジネス書としてセレクトされているコピーもすごくうまい。ただ、全部見ていくとすこし甘いところもある。デザインのカテゴリーよりも、プロモーションだったら応援したいと思った施策でした。
佐々木 : 僕みたいに『キングダム』を読んでない人からしたら、コピーの秀逸さが中身を知らないとわからないものもあった。そこがどうなんだろうと思ったんですけど、これはコピーやデザインを評価するというより、「ビジネス書として漫画を捉え直す」というアイデアで見ないといけないものじゃないかと感じました。
嶋 : 漫画をビジネス書として再定義することで、売り場が変わり、売り方も変わっていくから、プロモーションとして非常にいい仕事でした。新しい漫画の売り方の発見がありました。
保持 : 僕は新しい文脈というより、もともとのファンにうまくマッチしたと外側から見ていて思いました。
菅野 : どちらかというと、以前からのファンのほうが面白がっていましたよね。みんなが知っているコンテンツの切り口を変えて提示することで、新しい価値を生んだのはすごい。ただ、新規で入ってきた人にはどうだったのか。たとえば、リーダーシップというテーマで手に取ると、漫画自体は途中の巻を読まされる。僕は読んだことがないので、それはちょっと困るなとは思いました。
大八木 : 自分は読んでいる人だから、それは言われて初めて気が付きました。これ一冊だけを読んでも全然何のことかわからないとは思います(笑)。
保持 : でも、それで前後が気になって、まんまと一巻から買わされる気もしますよね。
嶋 : 僕も一巻から買ってもらうための施策だと思った。
栗林 : 『キングダム』のファンはみんなにおすすめしたがる傾向があると思うんですけど、こういう新しい切り口で出すことによって、もう一個おすすめの種が増えましたよね。
菅野 : こういうふうに学べるんだよ、という提案ですね。
嶋 : これはニッチな層に刺さりそうだと思いました(営業運転を終了した銀座線01系の車両パーツを再利用し、世界でたった1台の自販機を製作。溜池山王駅に置くことで鉄道利用者とブランドのコミュニケーションの媒体とした)。
一同 : かわいかった。渋みがあった。
嶋 : 実際に行って見ても面白いし、行かなくてパブリシティに触れるだけでもいい話だと思う。プロモーションの審査基準としては、この自販機でどれだけ売れたか大事でしょうけど、それ抜きにしてもブランディングとして良かった。
東畑 : (制作過程を紹介した)ムービーも丁寧でしたね。
大八木 : マニアックな人にしか刺さらないかと思いきや、誰が見てもかわいらしいアイデアだし、ブランドに対しても好感が持てる施策でした。
嶋 : 自販機ってほとんどの場合はデジタル的なことで新しい価値を加えようとするけど、あえてデジタルを使わない手法に好感が持てました。売り場のイノベーションはこういうかたちでも起こせるんだ、と。
菅野 : そうですね。BOSSはずっと「働く人の相棒」みたいなコンセプトからズレないできたから、こういう施策もやれちゃう。そこがブランドとしてオシャレで、筋が通っていると感じました。
石下 : 今回は人じゃなくてモノにフォーカスしているのに、人の温もりをより感じられて、そのアナログ感に説得力を感じました。
嶋 : 震災で県外に行ってしまった人たちがたくさんいて、そういう人たちに福島の新聞を送ってあげようという施策でした。新聞のフォーマットそのままで、住所を書けば送れるようにした。それは実際に送りたくなる。だからアクティベーションという意味でも、ブランディングという意味でもいい仕事だと思いました。
橋田 : 新聞が届くってことは、その地域に根ざしているという感覚の表現として強いものなんだということを教えてくれました。新聞ならではの施策だし、レベルが高い。
嶋 : ユーザーをプロモーターにしていくやり方も良かった。読者が行動する人になって、新聞を広めてくれるというね。
菅野 : NETFLIXのアニメ『リラックマとカオルさん』のキャンペーンで、働く女性に向けて「世の中、がんばること多すぎませんか?」という問いかけをしていました。
えぐち : すごくいいと思いました。普通だったら私はこのアニメを観ないと思いますけど、このキャンペーンを知ってから観たいなと思ったんですよね。キャラものは自分から遠いと感じている人にも、ちゃんと接点を作っているうまい広告でした。コピーも良かったし、CMもよくできている。
大八木 : 僕もこれを見てリラックマに興味を惹かれました。広告は全部こんなんでいいんじゃないかと思ったくらいで。メッセージも世の中のムードそのもの。Twitterでもちゃんとシェアされていた。羨ましかったです。
栗林 : いろんなメディア展開のやり方がある中で、電車に目をつけたのもすごいと思いました(山手線ジャックも行った)。そこが一番「がんばりましょう!」ってメッセージにあふれている場所だから、めちゃくちゃ秀逸だなと。
東畑 : ちょっとジャーナリスティックな視点でした。そこもユニーク。
大八木 : 「通勤電車に乗るだけで仕事したくなくなるよね。広告も押せ押せだし。疲れるよね」って。
えぐち : 「私はそこにすら気付いてなかったんだ」って。うまいツボを見つけた感じ。
保持 : さじ加減がすごく上手だと思いました。電車のやり方だけじゃなくて、巨大リラックマ(働く女性が多く通る新宿の地下道に設置)もあり。場所ごとの展開の仕方が上手で、キャンペーンのトータルでバランスがとれている印象でした。
えぐち : こういうのはちょっと間違ったらすごく嫌味な感じになる。「お前に言われたくない」となりかねない中で、洗練されていたのが良かったです。
菅野 : PRとデザインでエントリーされていた施策です。
嶋 : PRのやり方として、「こういうことが今の世の中で問題になっているよね」という情報をハックして、商品をプロモートする方法があります。モリカケ問題をはじめとする公文書偽造問題がニュースになっていたときに、公文書の一部を黒塗りにしたようなポスターを、あえて国会議事堂前駅に掲出した。このポスターを見た人がケンドリック・ラマーのことを知っているっていうよりは、これはニュースになったものを実際のファンが見るって構造。そこもよく設計されている。
菅野 : 最終的に言いたいメッセージは「来日するよ、ライブ来てね」ではある。その一方で、ケンドリック・ラマーが社会的なメッセージを発信するアーティストであることは事実と。
嶋 : 今回、ケンドリック・ラマーの来日をきっかけに社会のインサイトをうまく活用した訳ですけど、この問題に対する共感がどこまで広まったか。でも、ミュージシャンのファンが深く共感すればいいとも言える。
大八木 : ケンドリック・ラマーを知っていたら、「おっ」となりますよね。だからPRっぽいとは感じました。
菅野 : でも、ケンドリック・ラマーが自分でポスターを出したわけじゃないから。
大八木 : そこはそうですよね。ケンドリック・ラマーが自分でやっていたら国会議事堂前駅には貼らないだろうと思いますし。彼はいい歌詞を書いているのに、そのメッセージを『DAMN.』(ケンドリック・ラマーのアルバムタイトルで、怒りや苛立ちを表現するスラング言葉)のひと言に集約させているのは気になりました。モリカケ問題に乗っかろうとしている感じが、むしろアーティストの良さを殺している気がしたんです。
菅野 : 『DAMN.』に集約させながら、すぐ下では「来日決定!」と天真爛漫に打ち出しているんですよね。さすがに政府の文書に「くそっ!」と言いながら「来日決定!」はないんじゃないか。社会問題を指摘する部分との温度差が気になりました。
佐々木 : PRというより、普通に広告している気がしました。
大八木 : ただ、現象として話題になったことは間違いないので、そこは高く評価すべき。それがデザインとしてなのか、PRとしてなのかは議論が分かれました。
嶋 : ライブに行かせるというプロモーションな施策に関しては一気に関心を高めた。
菅野 : そうですね。コミュニケーションのゴールが、「チケット買ってね」でしたから。
嶋 : チャレンジングな仕事だから評価したい。本質的なPRの仕事として世の中の意識を買えたかどうかはこれからの判断だね。
菅野 : 結果、多数決によってプロモーションに移設することになりました。
菅野 : これはデザインのカテゴリーで議論になりましたが、PR的とも言えるし、プロモーション的とも言えるんですよね(日本の学校独特の「髪型校則」をめぐって先生と生徒が対話するプロジェクト)。実際、プロモーション、PR、デザインと3つに入賞しました。
嶋 : 社会に議論を起こさせつつ、そのきっかけを与えてくれたブランドも好きになる。高度にバランスの取れた施策でした。ひとつひとつの広告表現物もよくできていて。
佐々木 : 世界的な傾向ですよね。みんながほしいと思う理由をちゃんと作って、みんなの存在を持ち上げてくれて、成果を出す。そこがすごくうまかった。
菅野 : 海外ではあると聞いていましたが、日本からこういうやり方でうまくいった例が出てくるとは、と思いました。
橋田 : 一発広告を打って議論を巻き起こして終わりじゃなく、今でもニュースで取り上げられるくらい続いている。ずっと継続しているのが偉い。
永松 : これで世の中が変わりそうなくらいです。
尾上 : 東京都の教育委員会が黒染め指導の中止を周知したんですよね。本当に社会が動いている。
菅野 : 実はすごく難しいことをやっていましたね。ここではプロモーションとして評価しました。
菅野 : なかなか評価が分散していました。すごく点数を低く入れた方もいましたが、審査はとても盛り上がって。僕は好きでした。
嶋 : 『君の名は。』のテレビ放送を観るという体験を特別なものに設計した。放送に向かって盛り上げていく仕組みも、放送の内容を観ながらシェアしてもらうための仕組みも優れていました(ミニ番組「全力坂」やドラマ「科捜研の女」とのコラボや、異なるスポンサーで提供ロゴのデザインを入れ替えるなど、宣伝においても、放送中においてもSNSで話題化させるための施策を多数行った)。
佐々木 : 話題化させるためにいろいろとデジタル文脈を設計して作っていると思いました。ファンの人たちがこれを見たら喜んでシェアするでしょうね。SNSを主戦場と考えて、そこにネタを投下するアプローチだから、デジタル・エクスペリエンス的でもありました。
大八木 : (作中の重要なシーンを読者が再現できる)新聞広告も話題になりました。直接ターゲットに届かなくても、これを持った人が写真を撮ってSNSに上げたくなるものになっていた。テレビや新聞というレガシーのやり切る力がすごかったです。
佐々木 : 提供ロゴの入れ替えなんて、つまらない正論を言う人に「こんなところにお金をかけちゃいけません」と普通だったら責められそうな施策ですよね。
大八木 : このアイデアを思いついたとしても、やりきれるかっていうとね。そこがアツかった。大人の事情をかいくぐって実現させたのが美しかったです。
保持 : 局の周辺資産を巻き込んでいる感じが素晴らしいと思いました。
嶋 : テレビ局の資産ハックですね。
菅野 : 翌朝に昨日観たテレビの話をするという体験が少なくなっている中で、コンテンツの盛り上げ方として明らかにワークした感じがありました。それにアイデアだけでなく、「よく実現したよね」という意味でも評価されました。
佐々木 : 「マスかデジタルか」みたいな議論がされがちですけど、使い方次第でマスはまだ全然いけるということを示したのが偉かったです。
菅野 : ゴールド以上は「『君の名は。』地上波放送プロジェクト」と「#この髪どうしてダメですか」。いずれも高く評価されました。
佐々木 : 『君の名は。』はマスとデジタルの人たちが一緒にやった感じがあって、これをグランプリにしたら業界の人に勇気を与えるんじゃないかと思いました。
菅野 : 僕もそう思いました。すごく話題になりましたし。とはいえ、トップが平均6点台(9点満点)と、圧倒度でいうともう一声という感じもあった。
橋田 : 嫉妬する仕事でしたよ。
菅野 : 思いついたのを実現することが大変だろうと。
八木 : グランプリにしたほうがいいと思いました。ここまでいろいろつないでひとつの施策に定着させているのは、今後進化していくコミュニケーションのお手本になり得る。確かに平均点は他のカテゴリーに比べて低いですけど、これだけやりきったのはすごい。
栗林 : これのすごいことは汗の量が半端ではないこと。だからこそ、あとに続きにくいかもしれないとは思いました。『君の名は。』だったからできたのかな、と。
嶋 : 佐々木さんの言っていたメッセージは、マスとデジタルが一緒にやれる仕事の可能性はまだまだある、と。番組提供枠の工夫について考えた人は過去にもいたかもしれないけど、そこもこうやっていじれるんだとか、新聞広告もこうやって使えるんだとか、「マスにも工夫できる余地があるぜ」というメッセージになっていた。
東畑 : 世の中に話題になる映像は数多ある中で、これは広告でしか獲得できない面白さだったと思います。
小杉 : 大きいキャンペーンって、スタンプ的に各メディアに貼り付けるようなものが多いと思うんですが、メディアの面白い使い方を常に探し続けていた姿勢が、グランプリにふさわしいと思いました。
佐々木 : これは非常に広告的だと思うんですけど、業界がどんどんつまらなくなっていくのを、汗の力でここまで話題にできた。
嶋 : ちょっとずつでも前進していけば、いろんなことが積み重なってすごい前進になる。
東畑 : グランプリはコアなターゲットを狙った設計を超えていくものがふさわしい。切っ先が鋭いことは大切ですけど、ターゲットではない人も動かすことが重要。
菅野 : 『君の名は。』のプロジェクトは、作品を観てない人も話題になっていることを知っていて、面白がっていました。世の中化したというか。一歩超えた感じがありました。
えぐち : 提供ロゴのデザイン交換はすごかったです。よく実現しましたよね。アイデアを思いついても絶対に無理だと考えるのに、こうして実現した例を作ったことが華麗でした。
東畑 : ロゴはデザインが変わると、これだけ力を失うんだとわかったね(笑)。
石下 : ここでしか見られないレアさがあった。
菅野 : 多数決の結果、Bカテゴリーは「『君の名は。』地上波放送プロジェクト」がグランプリに決まりました。
Cカテゴリー(PR)
大八木 : 社会問題として、これは取り上げたいと思いました(高齢ドライバーによる逆走問題を家族で考えるためのツールや情報を継続的に発信したプロジェクト)。「70歳以上の人から免許を取り上げる」といったルールで縛る議論がされている中で、「今まで運転してくれてありがとう」というメッセージに切り替えているのが素晴らしかった。こういう社会問題に企業が取り組む流れを止めずに、僕らも一緒に解決案を考えていきたいという意味で、これをどう評価するか話したいと思ったんです。日本は何か問題があるとルールでがんじがらめにして、そこに違反した人を罰する文化。でも、こういうプロジェクトのように、みんなで議論をして、新しい解決策を生んでいくことが正しいのではないかという気持ちになりました。
菅野 : なるほど。社会問題に対する認識を高める施策として評価したわけですね。
嶋 : 施策を通して人々の行動を変えるということですよね。PRは既成概念とは違う、新しい概念や行動やライフスタイルを、影響力のある第三者を巻き込んで新たに形成する合意形成の仕事です。その点、この施策によって「免許を返納する」ということを世の中に広め、新しい行動を促した。それがPR的でした。
菅野 : あとは「やり方として上手かどうか」が議論になりました。
嶋 : 実際に人々の認識や行動がどれほど変わったのか。本当に変えることができたのか。そこが評価軸になりましたね。
イム : 自衛官への応募数を上げたいということで、彼らの危機対応ノウハウをライフハック動画として発信するプロジェクトでした。防災に役立つ映像で惹き込ませるものなんですけど、危機対応ってそんなに軽いことなのかと思ってしまって。自衛官は命を張る仕事だし。こんなふうに「軽い気持ちで応募してね」っていう流れを作るのは、本当にいいのかという疑問がありました。
嶋 : どれくらい応募数があったかが議論になりましたね。この仕事の効果という意味で。海外賞、カンヌとかでも軍関係のイメージアップの仕事はたくさんあって、ある意味PR業務の定番ではあるんですよ。
橋田 : 災害派遣は自衛隊の大きな役割じゃないですか。そこにど真ん中で向き合ってやってくれた。本気の土嚢の作り方の解説とかあって。そんなに軽くしている印象は受けなかったですね。
大八木 : 僕はすごくいいと思いました。美味しい料理の作り方はシェフから学びたいように、防災の知識を自衛官から教わるというのは、プロのスキルをシェアできる資産にしている。動画もすべて真面目にやっていて好感が持てました。いい意味で広告会社が入っている印象が薄くて。外から誰かが「こういうふうに動画を作りましょう」とやったのではなく、自衛官の方々が本気でやっている感じがありました。
保持 : タイトルは「ライフハック」と軽めにしつつ、内容はずっしり重い。そこが企画のミソなのかなと。世の中にあふれているライフハックものと違って、本当に生きるためのライフハックになっていた。
イム : 話を聞いてだいぶ印象が和らぎました。
大八木 : NHKが「災害時に報道はどうあるべきか」というプロジェクトをやっていましたけど、そういう意味で自衛隊からこういうものが出てくるのはいいですよね。従来の自衛官募集のやり方とは違った文脈を作れていると思いました。災害時に助けてくれるのは自衛隊の方々ですからね。
橋田 : 緊急時以外でも自衛自助に対してちゃんと役立っている。自衛隊の役割の拡張という意味でも、PRとして評価できると思います。
米澤 : シーズン2もあるように、継続して発信されていますし。
嶋 : 「自衛隊のイメージを変える」という目的を達成していました。
菅野 : プロモーションカテゴリーでも議論されましたが、ここではPRとして議論しました。
嶋 : 商品カテゴリーのパーセプションを変えたという意味ではPR的なアプローチとしても評価していいのではということでしたね。『キングダム』を漫画ではなくビジネス書として捉える。そうすることで人々の認識を変えて、新しい行動を起こさせたわけですから。
菅野 : ただ、プロモーションよりもPRで褒めるべき施策かで言うと……。
嶋 : プロモーション寄りな気はしましたね。パーセプション(認識)を変えたのは、同じジャンルの商品群の中での変化なので。ただ、漫画からビジネス書という転換は見事でしたが。
上西 : 表紙をここまでビジネス書に変えたのは面白いし、好きな施策でした。ただ、中国の歴史に関する本がビジネスにも役立つというのは、もともと言われていたよね、という気はして。『三国志』然り。プロモーションとしては好きです。ここまでやりきっているのは。でも、人々の認識をかなり変えたかと聞かれたら、そこはちょっとどうだろうと。
小杉 : プロモーションとして素敵でしたよね。ただ、ほぼ同じタイミングで、『キングダム』をテーマにしたビジネス書が実際に出ていたんです。そことの差別化という意味では、めちゃくちゃ新しいことをやっているわけではなかった。
石下 : 『キングダム』をビジネス書として捉えるのは確かに新しくはないかもしれませんが、世の中の潮流や兆しを捉えてきちんと最大化するというのは、PR的なのではと思いました。
嶋 : ビジネス書としての見方は以前からあったけど、それをすごい勢いでカタチにして、実際に人々の行動を変えた。その代表例を出版社が作りました、ということだと思いました。
上西 : 素敵だな、という気持ちはあったんですけど、最初に見たのは海外の賞だったんですよ(さまざまな国に由来を持つ子どもたちが通う横浜の小学校で、子どもたちのひとりひとりの肌色を計測した「肌色クレヨン」を制作。道徳と美術を組み合わせた特別授業を実施することで、互いの個性を認め合う機会を提供した)。例えば、アメリカみたいに肌の色が人生に直結している国で実施するならわかるんですけど、今回の審査では「日本において肌の色の問題がどれだけシリアスなのか」という点が気になりました。もちろん、日本でも肌の色で悩んでいる子どもがいるのはわかります。それをどこまで変えていこうとしているのか。「個別の色で自分の個性を認めていく」という企画はよくありますから、これは賞を狙ったものなのか、それとも資生堂が化粧品の会社として本気で肌の色の問題に向き合おうとしているのか。どれだけの学校で実施しているのか見えないと、そこがわからなかったんです。
嶋 : どこまでリーチしたのか、ということですよね。デジタルエクスペリエンスであった「これはライブで来た人にしか伝わらないよね」問題と同じ指摘ですね。
ただ、実際に体験した人のエンゲージメントはものすごいだろうと思います。僕はその深さを評価します。
橋田 : 素敵な視点ではありますよね。課題は「肌色」という概念が日本にあることが変だよね、ということ。「肌色」と言ったら一色じゃないですか。でも、海外に「スキンカラー」で示される特定の色はない。そういう意味でも、「肌色」を固定概念から解放しましょうということだと思いました。
上西 : その視点が、そんなに新しいとは感じなかった。
永松 : どちらかというとグローバルな視点だと思いました。おっしゃるように日本における課題設定としてはあまり……。素敵だとは思いつつも、どこまで本気かと。
保持 : 今はクレヨンや色鉛筆から「肌色」がなくなってきているのに、それをわざわざ戻しているのが気になりました。「おかしいよ」という議論がすでにあるのに、また戻ってきてしまった感というか。
石下 : 2000年には三菱鉛筆などの大手が「肌色」を「薄橙」と変えていて、そこから20年近く経つのに今「肌色」を取り上げることには違和感を感じました。
米澤 : しかも、資生堂の商品でブラックの人用の化粧品は日本でほとんど売ってない。かといってオンラインでも買えない。そこの気持ち悪さもありました。
えぐち : でも、子どもは意外と普通に「肌色」と呼んじゃっているんじゃないですか?
保持 : 周りの大人が呼ぶからね。
嶋 : 議論になるのと、実際に社会に浸透するのとは違うから。みんなが「そうだね」と思って、「これは肌色じゃないよね」と思うまでの時差はあるわけですよね。だから、「このタイミングは遅い」とまでは言えないんじゃないかと思いました。
小杉 : やる場所も横浜じゃなくて、新宿とかのほうがいいんじゃないかと。9人に1人が外国人の街ですから。よりリアルな課題として向き合わないといけない場所のほうが、ケーススタディとして良かったのではないかと思いました。
えぐち : 続けていったらいいと思います。ちゃんと教えてあげないと、自分と違う色の肌の人に対して、子どもは素直に言っちゃいそうになりますから。
上西 : それ、本当は「言っちゃいけないよ」というより、「何色でもいいんだよ」に持っていけたらいいですよね。
イム : 手前の設定は一旦置いておいて、このムービーを観て感じたのは、肌の色は同じ日本人でも人によってこれだけ違うんだと。そこはわかりやすくてスッと入って来ました。
大八木 : ダイバーシティに対しての問題提起と、「人はそれぞれ違うよ」と教えることは違うような気がしたんです。例えば、パンプスで「ヌードカラー」といえばベージュを思い浮かべますけど、それはおかしい、本当はいろんな「ヌードカラー」があると。問題提起だったら、そこを研ぎ澄ませて出せば済む。でも、これが教育コンテンツだとしたら、もっと広げていってもいいかも。
関戸 : 内容をみると、人種の話というよりも、「同じ日本人でもこんなに肌の色は違うんですよ」と言ったほうが良かったんじゃないでしょうか。ダイバーシティの話が入ってないほうがシンプルに見られましたね。
菅野 : デザインカテゴリーで高く評価された作品ですが、プロモーションでのエントリーは議論の必要性を感じました(パラ卓球の魅力を伝えるために、さまざまな障がいを抱えた選手たちのプレイ感覚を反映した「変形した卓球台」を設計した)。
嶋 : この卓球台が話題になることで、パラリンピックへの理解が増したということは言えると思います。ここから人々の行動を促すとか、議論を起こすとか、そこが見えるとPR施策としてはいいなと感じた。
イム : リザルトに計11億インプレッションとはありました。
菅野 : 社会的に「障がい者スポーツとはこういうものだ」と、わかりづらいものを顕在化したという意味でのインプレッションだとしたら、プロモーションというよりPR的ですよね。「よし、これを買おう!」となるわけではないですから。
嶋 : パーセプションチェンジから、ビヘビアチェンジまでいけるとPRの仕事としてはいいんだよね。多くを求めすぎてるけどね・・・。
橋田 : そこまでの設計はこれからやっていくんだと思います。
菅野 : そういった議論を経て、大多数の挙手でPRカテゴリーに移動することになりました。
菅野 : 2017年に実施され高く評価された施策の続編です。前回は銀座で、今回は平成最後の3・11に渋谷で実施されました。
石下 : 場所も含めてちゃんとアップデートされていたと思いました。
尾上 : 継続するにあたって渋谷を選んだ理由があるんでしょうね。大阪や名古屋でも良かったわけで。渋谷は効果的だとは思いましたが、継続する際に、何をポイントに場所を選んだのか議論されました。
えぐち : 場所柄、若者に向けて、だと思いました。銀座に行かないような層をターゲットにしたのだろうと。
尾上 : 時代性もありました。
保持 : 平成の終わりに、という点ですよね。
尾上 : 「平成最後の」と言って想起される場所は、やはり渋谷のスクランブル交差点なんですよね。
嶋 : どこが新しいか見つけなくてもいいくらい評価したいと思いました。「防災意識を根付かせる」という難しいことをちゃんとやり続けていること自体が偉い!続けること自体を評価したい。今回もちゃんと拡散もしているし。
菅野 : 評価するポイントとして、やり続けることか、場所を変えることか、文脈を変えることか、どこを重視するのかということを、それぞれに判断していただきました。
嶋 : 容易に変えられないことは世の中にいっぱいあって、それを変えるためにはひたすらやり続けないといけない。その姿勢が表れていると思いましたね。
井上 : 当初の順位がもっと上にあるべきだと思った施策でした(2018年に実施された「母の日テスト」を定番化するため、企画の書籍化、体験イベントの実施など、幅広い施策を行った)。
嶋 : 去年ね、突然東大生が母親の問題を解くってところに突然感があったけど、今年は本当に誰でもやりやすい施策になってた。よかった。
大八木 : アップデート感がありました。
嶋 : 去年の課題がちゃんと解決されていた。今年は施策としてワークしている印象を受けた。進化してた。
菅野 : テストがちゃんと「みんなのもの」になった感じがありましたね。
嶋 : 継続性があることはすごくいいなと思いました。施策に一貫性があるから選ばれている。それはいい選び方だということは言っておきたいですね。
菅野 : 『桃太郎』を鬼の視点で描いた広告(2014年に話題となった新聞広告「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました」)から派生し、物語を別の視点から捉え直すことで、新しい道徳の授業をやってみましたという施策でした。
嶋 : 社会的背景として、(2019年4月に)道徳の授業が中学校で必修化された。それに合わせて新しい授業のカリキュラムを作りましたというタイミングもいいし、コンテンツ自体もいい。多くの都道府県で授業が実際に行われていて、文科省の大臣にもコメントをもらっているとか、ちゃんと第三者を巻き込んでいったところが評価されるべきだと思いました。
橋田 : 授業の内容がとても良くできていました。子どもの鬼を新しく追加して、この子が泣くような終わり方は本当に「めでたしめでたし」なのか、みたいなことを議論しながら物語を作っていくところが徹底的に考えられていた。授業としての実装力そのものが非常に優れていて、素晴らしかったです。
えぐち : 先生に向けたノウハウの指導もとても丁寧でしたね。
尾上 : 絵本という、いつも触れているツールをわかりやすく拡張した。そこもいいなと思いました。
嶋 : 飲食店が年末年始を休業にするかどうか。本来は経営者が判断するんでしょうけど、それを企画者側から働きかけ、働き方改革の波の中でホワイト企業だと思ってもらえるようなタイミングと仕掛け方で実現した。しかも、インナーコミュニケーションに悩む企業が多い中で、社員の満足度も上げた。よくできた企画だと思います。
橋田 : ちょっとだけ「オプト・アウトサイド」(アメリカのアウトドア企業が年間最大のセール日に休業した施策)がちらつきました。
橋田 : でも、「2億円事件」(幸楽苑の1月1日の売り上げが約2億円に由来)というタイトルの付け方もうまいですし、よくまとまった企画だと思いました。日本でやったことも偉いですよね。実現することが大変なタイプです。
大八木 : PR的なコピーライティングとして素晴らしかった。このあとに以前は年中無休だったスシローも年に1回2日間連続の定休日を作ったりしていて、どんどん飲食業界に広まっていった。そうやって動きが拡大していくことを計算してやった点を評価したいと思いました。
菅野 : デザインカテゴリーでも議論された施策ですが、ここではPRとして議論しました。認知症患者にレストランのスタッフになってもらうことで、認知症患者と一緒に生きていくことには、こういう見方もあるんだと発見させる。ハッとさせられるPRでした。
嶋 : インクルーシビリティということですよね。多様性を認めることからさらに進んで、そういう人たちと一緒に働く環境を作っていく。そうすることで認知症の人々に対する偏見を変え、そういう店に食べに行くという体験で行動まで変えていく。
永松 : 認知症の人たちは介護施設から出ないように閉じ込められてしまって、社会から隔離されてしまう問題があります。大事なのは周囲が学習し理解することなのに。こうやって社会と交流して認知症というものを知ってもらうことは、まさにPRの仕事として素晴らしいと思いました。
橋田 : レストランという器を作って、いろんな企業とコラボレーションしていましたよね。そういう企画の延長性もPRとして強い仕組みでした。
菅野 : これ(日本の学校独特の「髪型校則」をめぐって先生と生徒が対話するプロジェクト)も、別のカテゴリーでも議論されましたが、ここではPRとしての議論をしました。ハッシュタグ(#)の使い方として、もっとも効いていたと思います。議論を投げかけて、みんなが発言する機会を作り、問題意識の共有をさせた。そこがPR的だと思いました。
保持 : これこそ、という感じでした。
橋田 : 東京都が黒染め指導の中止を通達するところまで社会を動かした、というのはすごかった。
石下 : 私もハッシュタグのネーミングがやはり素晴らしかったと思います。もし「どうして」ではなく「なんで」だったら、逆ギレのようなひねくれたつぶやきになってしまうところを、「どうして」とすることで、冷静に議論したいという気持ちまで醸し出した。言葉の選び方がとてもしっかりしていました。
菅野 : ちゃんと議論しよう、話そう、という気になりますよね。「なんで」だとふてくされている感じがしてしまう。
石下 : 「ダメですか」も「ダメなんですか」じゃないところが、冷静かつ切々と問うニュアンスになっていて、この言葉だけでもすごいと思ったんです。
大八木 : 「なんでダメなんですか」だと、今までの「ルールだからダメ」という先生の言い方が見えてきちゃうのかもしれないですね。「ルールだから」と思考停止に陥りがちなことに対して、言葉によって考えさせた。
菅野 : 結果的にPRらしい構造になっているんですけど、純粋な広告としてもコピーライティングとアートディレクションがちゃんと機能していて、ブランデッドコミュニケーションであることとPRがちゃんと両立していました。全部はまっていて、すごい上手だな、こんなきれいにはまることあるんだなと。
栗林 : 多様性の尊重が大きなモーメントとしてある中で、地毛証明書という問題をフィーチャーする発想力がすごいと思いました。真似できない。
嶋 : 地毛証明書って、みんなが「ちょっとおかしい」と思う課題ですよね。そういう知る人ぞ知る、でも納得度の高い課題をちゃんと見つけてきた。
橋田 : これをやったのは外資のP&Gという、全世界的にダイバーシティについて考えている企業なので、これからこうした施策をぜひ日本企業にやってほしいですね。
菅野 : でも、これが日本発のクリエイティブから出てきたことは、誇らしいことだと思いました。
菅野 : グランプリ候補は「#この髪どうしてダメですか」と「注文をまちがえる料理店」でした。
東畑 : どっちもふさわしいですね。
菅野 : どっちもふさわしいですよね。
橋田 : ふたつは結果が大きく違うと思いました。「#この髪どうしてダメですか」はしっかり世の中の態度変容があり、広告とPRが融合した統合キャンペーンになっていました。非の打ち所がない金字塔で、グランプリにふさわしい。
菅野 : どっちもあげたいくらいでした。
佐々木 : そう思います。「注文をまちがえる料理店」は、これまであまり注目されていなかったところからテーマを持ってきていて、すごく好きでした。「#この髪どうしてダメですか」もいいなと思うんですけど、女性や校則や髪型の問題はずっとやってきていることでもある。アプローチの新鮮さでは、認知症を取り上げた「注文をまちがえる料理店」のほうがフレッシュだと感じたんですけど、ご指摘の通り結果まで含めると、「#この髪どうしてダメですか」がグランプリかな、という感想です。
永松 : 「#この髪どうしてダメですか」は、中学時代の自分が喜んでいるのを感じたんです。ようやく時代が変わったんだなって。
菅野 : その頃から金髪でいらっしゃった?
永松 : (笑)。
保持 : シャンプーとかヘアケアで若者とのエンゲージメントを作ろうとすると、全然別種のアプローチが多い中で、これは最終的に若い人たちがハッピーになる。偉大な仕事でした。
菅野 : 本当に両方にあげたいくらいでした。過去にフィルム部門で2つ出したことがありましたよね。どうなんだろう?
嶋 : 僕らは審査員として決める仕事をしないといけない。決めることが責任だと思いました。
菅野 : というわけで、挙手の結果、「#この髪どうしてダメですか」がグランプリに決まりました。
Dカテゴリー(デザイン)
菅野 : これは僕もとてもいいと思ったんですけど、デザインとして評価すべきなのかと悩みました。縦書きのボディコピーを横で読むと、「(高橋)一生さんの腕の血管が好きです」となる作品ですね。この広告が出てから数日経って気付いた人が、インターネットでめっちゃ話題にしていました。でも、こういうアイディアは昔からあったといえばあった。
保持 : これはスチール写真が横読みを迎えに行っているのが新機軸ですね。縦読みカルチャーは以前から新聞のラテ欄などでありましたが、これは普通なら写真のレタッチで血管を目立たないようにするところを逆に強調している。
菅野 : 撮影してみたら血管が浮いていたから考えたんだろうか。しかし、普通こんなに血管は浮かないですよね。
えぐち : アイデアだったらすごいです。
保持 : 「血管すごい」と思ってやることになったとネットの記事で読みました。
菅野 : こういう仕事は何の変哲もないものになりがち。そこに一矢報いるというか。タレントとシャンプーという組み合わせで、ここまで面白くするのは偉いと思ったんですけど、それをどう評価するか。
イム : でも、商品はシャンプーだからね、というのはありました。
菅野 : 血管とシャンプーの関係なさは、確かにありましたね。
えぐち : でも、シャンプーの広告に一生さんのような方が出て、横読みさせるという手法、私は大好きです。個人賞があればあげたいくらいです。
菅野 : 個人賞はちょっと作れませんでした(笑)。
栗林 : これは僕も絶対に入れたいと思った企画でした。すごくソーシャルっぽくて。見つけた人がシェアしたくなるのはもちろんですけど、一番は言葉にめちゃくちゃ人格が出ていること。作り手の意思がよく見えると、人はすごくシェアしたくなると思っています。そういう意味で、「この広告を作った女性が思わず書いちゃいました」的なことを言葉に落とし込んでいるのはうまいと思いました。今っぽいなと。
米澤 : これの惜しかったのは、シェアされても「クラシエのこのシャンプー」という訴求があまり出来てなくて、どれだけブランドに貢献したのかなと。シェアしている人は高橋一生さんの写真とコピーのところだけで撮影していて、商品の画像が入ってなかったんですよね。惜しいなと思いました。
菅野 : 「シャンプーだからね」問題ですよね。表現が商品に落ちているのかと。
米澤 : シェアされたときの切り取られ方を考えて、商品画像をもうちょっと一生さんの近くに置くとかね。
尾上 : シャンプーと関係のない内容でシェアされようとしたのであれば、ちょっと近づけておくというのはけっこう大事かもしれない。
菅野 : 商品が見切れれば良いのかどうかという議論もあるけど(笑)。でも、横読みのコピーが機能訴求になっていたら萎えるだろうから、思わず書いちゃいました感がないと、こういうのはグッと来ないでしょうね。
保持 : 一応、ボディコピー自体にひまわりシャンプーの良さは書かれていて、横読みするときには絶対にそれがシェアされるという計算はあるんですよね。どの程度の人がその内容をちゃんと読むのかはわからないですけど。
菅野 : 商品の画像が入れば勝ちかどうかはわからないと思いましたね。
栗林 : 拡散された画像がどうなのかだけじゃなく、「話題になったあの広告」という認知もありますよね。まず話題にすることで、広告を直接見たときのインパクトを上げているというか。
保持 : 電車の窓上広告のもともとの効果と比べて、そこに広がりを作ったというのはあると思います。
イム : 絶対数的にはウェブ広告と比べたら窓上広告を見る人は少ないじゃないですか。結局、パッケージを見ないと買わないわけだから、米澤さんの指摘は正しいと思いました。
保持 : 「惜しい」と。
イム : 伝わるという意味では、単純に商品の画像が一生さんの写真の近くに来ていたら効果がもっとあったかもと。
保持 : デザインカテゴリーらしいご指摘でしたね。
八木 : これはセールのチラシをお正月に見てワクワクしたことを思い出しました。デザイン的にどうかというより、「気付かされた」という感じ。チラシの使い方が広がることで、チラシも生き生きしてくるんじゃないかと。さっき実物を見たら裏がすごい残念な感じでしたが……。けっこうあれこれと説明をしていて。さりげなくやっていたら潔くて良かったのに。
嶋 : バズらせるためにやったのか、本当に商品を買ってもらいたくてやったのか、その目的が議論されましたね。実際、新規顧客が取れたのかそこらへんも知りたかった。
石下 : 私も気になったので、効果を聞いてみたんです。実はいろんなメルカリの施策の中で、これが意外とアプリのダウンロード数を増やしたそうです。どのデジタル施策よりもチラシが効果的だったと聞いて、ちゃんと人を動かすことができたんだなと思いました。
嶋 : なるほど、ダウンロード数が増えたのであれば評価できますね。
上西 : 私はすごくいい施策だと思ったんですけど、説明文を読んで引っ掛かったのは、メルカリはサスティナブルな社会にしていくためにフリマアプリを立ち上げた会社なんですよね。それなのに紙のチラシかー、と。起業精神と施策との差を感じてしまって。チラシ自体は面白いデザインだと思いました。
菅野 : チラシっぽさはあるけど、すごくいいものを売っているという感じはしなかったんです。昔のスーパーみたいで、安いものを売っている印象を受けて。「メルカリだといいものが買えるよね」という気持ちになれるのかなと思ってしまった。
尾上 : 全部で3種類あるうちの家電のチラシは面白い感じでしたよ。写真も実際にユーザーが撮ったものを使っていて。「徒歩0分!」とか書いているあたりも、ネタとしての面白さをわかってやっている感じがありました。服のチラシはあまりそこが出てなかったですね。
保持 : ダウンロード数が伸びたのであれば、プロモーションカテゴリーでも評価できそうな気がしました。
東畑 : エリア限定でやった施策なので、本当はダウンロード数よりも話題化を狙ったものだと思います。アプリを使っていない親世代と子どもをつなぐ役割というか。だから、広義でいえばデザインカテゴリーに入るのかなと。
八木 : プロモーションというよりは、メルカリの姿勢が表れた施策だと思いました。確かに上西さんの言うように、何度もこれをやるならチラシはどうなのかというのはありましたけど。
菅野 : ブランドらしさを体現する施策なら続けていてもいいはずですよね。
イム : スープラという車の存在感を世の中に示すやり方として上品で、ワクワクしました。気分が盛り上がるフィルムでした。ものすごい引きの映像がありましたよね。あれが強烈に印象に残っています。
大八木 : 僕は「かっこいいな」と思いました。かっこいいと強いし、削ぎ落とせていて、こういう会社の表現の中ではすごくいいと思ったんですけど、ポスターのほうが惹かれましたね。僕は昔、車の広告をやっていたから気になったんですけど、車体がほとんど見えないところは、デザイナーがどう思うのか。
菅野 : この施策の評価、とても票が分散したんですよ。つまり、点数が高い人と低い人に極端に分かれていた。
大八木 : これは割れそうですよね。今回の審査はフレッシュな目で見てくれる方々も入ってくれたので、広告の文脈に囚われすぎない評価をデザインカテゴリーで引き出せていけたらと思いました。ここはADC賞とは違うので。ただ、違う評価軸とは何かということを明文化しにくいだろうなとも思いつつ。
尾上 : 僕もかっこいいと思いました。でも、「かっこいい」しか言うことがなかった。そして僕もグラフィックのほうがいいと感じました。
菅野 : 確かにかっこよかったですよね。こういう「とにかくかっこいい案件」は議論の仕方が難しかった。スープラファンという方々がいて、その復活に際しては、車体をちゃんと見せるかどうかの前に、「スープラ・イズ・バック!」と言ってくれるだけで誇らしくなる、というのが前提になっているのでしょうか。
イム : そうですね。グラフィックでも車体をちゃんと見せていない。写真がブレまくっているから。
菅野 : もう「キタ―――(゚∀゚)―――― !! 」みたいなことなんですよね。
永松 : トヨタのGR(GAZOO Racing)は数年前からレースにフォーカスしています。車体を真面目に写すのではなく、レースのかっこよさに大きく転換して、そのクオリティを今も維持しているのはブランド的に素晴らしいと思いました。こういうクオリティの高い写真で、毎回毎回ネタが尽きることもなくやっている。それで高い点数を付けました。
菅野 : そのかっこよさがトヨタにとって好ましいことにつながる、と。
永松 : 例えば、ホンダに比べると、トヨタは「安全」「ファミリー」「エコ」のイメージが強かったんですけど、GRのドリフトのかかったような一連のキャンペーンでイメージがかなり変わってきています。
橋田 : スープラファンというターゲットのど真ん中に向き合ったものでした。かっこいいうえに、スープラのブランドとしての「ブレ」を作っていて、それを表現に定着させていた。ファンに対してブランドが応える広告としてすごくいいと思いました。
東畑 : 「スープラ・イズ・バック!」を柱に、ブレと高揚感がもっとバチッと来ると良かった。GRは知っているから推しやすいんですけど、尾上さんの言っていた「グラフィックのほうがいい」というのは確かにありました。映像の2本目が特にもうひと押しでした。
嶋 : 僕も同意見です。
永松 : スチールの潔さがほしかった。
東畑 : ちょっと雰囲気で持っていったところがありましたね。
石下 : ムービーの1本目は、スープラファンからすると「おおっ!」というものがあるんだろうと思い、その分をプラスして高い評価をしました。スープラの熱狂的なファンにはぐっと深く強く刺さるだろうし、どんなに狭くてもターゲットをとことん絞って作ったと考えると、ブランドの潔さも感じられていいなって。
菅野 : でも、その反応も想像ですからね。意外と独りよがりなものになっているかもしれない。応募資料の文言だけで結果を類推するのは難しかったですね。
橋田 : ムービーとグラフィックは同じような世界観でも別物。それを一緒に出してきたところは評価が難しかったですね。
菅野 : 丸っとひとつでエントリーになっていました。
保持 : いつもGRはそこが一致している印象がありました。でも、今回は2本目が特に散漫な印象になっていた。
八木 : かっこいい表現なんだけど驚きはなかったというか。スープラだったらもうちょっと裏切りのあるものが見たくなる。少しカタログのビジュアルに見えちゃったんですよね。
菅野 : そもそも商品がかっこいいもので、それを期待している人たちがいて、というところにかっこいいものを出しました、ということですよね。これでハッとしたということはなかったかな。この広告で買おうと思う人が増えたり、イメージの転換があったりということを感じなかったんです。復活を期待していた人が、期待通りのものが出て、期待通りに車を買ったんじゃないかと。
東畑 : ただ、クオリティは高いです。トヨタはこういうものを大事にしてほしい。だから、あまり順位を下げすぎないほうがいいとは思いました。
イム : 確かにど真ん中だけど、デザインカテゴリーで、このレベルのものが圏外になるのはどうなのかなと。
菅野 : 当初は企画色の強いものが上位に多かったので、デザイン性の高さで入ってきたものをどう評価するか。そこはちゃんと議論しましたね。
東畑 : 企画色の強いものにも難しさはありましたよね。デザインをどこまで広義で捉えるかという。
菅野 : もちろん、企画が良くないとダメなんですけど、デザインとして機能しているか。そこのアイデアをきちんと見定めて、企画の良さだけを勢いで評価するのは避けました。
東畑 : それだと他のカテゴリーと変わらなくなっちゃいますからね。
嶋 : そっちの議論のほうが大切でしたね。
大八木 : ルミネは安定していいですよね。こういうグラフィックはコピーが大きいと画が添え物みたいになりがちですけど、これは画も負けていない。コピーが話題になっている広告で、画の強さを保ち続けているのはすごいと思いました。
菅野 : 気付くとほとんど読めないくらい小さくコピーがレイアウトされがちな中で、こんなにドンと構えてやっている。最近、僕が制作していた広告なんて、コピーが読めないくらいのサイズにされていて泣きそうになりました。その上「これならコピーはいらないんじゃないですか?」というLINEが来たときに本当に悲しくて。
上西 : アートディレクターはコピーを大きくするときもありますよ! この広告はちゃんとターゲットも覚えていますよね。私もこのコピーが頭に残っていました。リアルで見ていなくてもSNSで見ても入ってくるし。そういうポスターってなかなかない。当初の順位より、もっと上でもいいんじゃないかなと思いました。
大八木 : タイポグラフィも真剣にコピーに対してデザインが入っていて、シンプルだけどグラフィックのひとつとして載せている。コピーをこういうふうに扱ってくれたら、コピーライターとしては嬉しいだろうなと。これはぜひ推したいと思いました。
橋田 : このポスターは継続していることでルミネブランドの方程式を作り上げている感じがします。新しさというよりは、「今年も出てきた」みたいになっていると思うんですけど、ずっと続く広告キャンペーンとしての強さがあります。あとは継続性をどう評価するか、ですね。
関戸 : この賞の存在意義というか、ブランデッドコミュニケーションを考えるときに、「継続性」は無視できないと思いました。一回大きな花火を上げることも大事ですけど、ずっと続けていることに対しての敬意を示したい。そこが評価する際に迷ったところで。継続していて偉い、ということを、どう審査のポイントに反映したらいいか。ほかの作品でも迷うことがありました。
菅野 : 継続していて「いつもの感じだね」ということを理由に評価を低くすることはしなくていいですよね。「この時代にこれをやっている」という点が良いと思えたら評価すればいい。逆に、「継続性をとりたてて重要な評価対象とします」という言い方もしない。
嶋 : PRはコンシステンシー(一貫性)が重要な要素で継続性が評価されますよね。で、広告の継続性は何から生まれるかというと、コンテンツ化できているということだと思う。CMだと白戸家とか宇宙人ジョーンズとか、広告をコンテンツ化することでひとつの世界観を作って継続する物語が生まれる。そういうものは続いていく。コンテンツ化と継続性はけっこう近いと思っていて、ルミネはそれができるのがすごいと思いました。
菅野 : 継続することを減点対象にすることはないし、むしろ加点対象だと思います。もちろん、それだけで評価するわけではない、ということかと。
えぐち : ルミネのポスターはあまり賞を獲っているイメージがないんですけど、いかにも広告賞を獲りそうなものとは違うオリジナリティがあると思いました。「ルミネの広告といえばあれだよね」と。玄人だけじゃなく、そうやって普通の女の子たちも反応している。でも、そういう広告を評価するコンペは全然ないじゃないですか。だから、ここで評価されるといいなと思いました。若手のクリエイターも、「社会にちゃんと浸透するものを作ろう」となるんじゃないかな。学校で生徒に教えていても、ルミネの広告を好きだと言われることが多いです。
池田 : ルミネは去年のファイナリストでしたよね。
上西 : TCC賞をよく獲られてますよね。
永松 : ルミネは名作が多いですけど、今年出ていた4つに関しては、個人的には少し物足りないかなという気はしました。
井上 : これまでの作品の方が個人的には好きです。「すごい、やられた!」というショックが常にあった。
えぐち : 私は今年のコピーもすごく好きでした。大体は最初が一番面白くて、続けるうちにつまらなくなっていく中で、全然そうならない。それはすごいなと。
菅野 : 毎回ショックを与えるって大変ですからね。今年も十分にインパクトのあるものになっていたと思います。
永松 : ただこういう恋愛もののコピーはポエム的でちょっと照れ臭いというか、今までの名作のようになにかすごいインパクトや発見がないとグサッと胸に刺さってこないなと感じました。
菅野 : リボートの結果、ファイナリストに入りました。
嶋 : ほかのカテゴリーでも議論された施策ですが、あえてデザインとしてどう評価するか議論したくて。みんな忘れがちな防災意識を根付かせるために、継続的に施策をやっていくのは重要で、PRの観点からは評価したい。デザインとしての評価はどうか? 皆さんの意見を聞きたい。デザインは環境も含めてだから銀座と渋谷という世界観の違いをやってるところがいいのかな?
菅野 : 前回とほぼ一緒のアイデアですよね。当然作品の絶対値としては高いままだから、前回も含めて継続性をデザインでも評価するとなると、ものすごく点数が高くなる。そこの評価の付け方がややこしい。
石下 : 忘れがちだからこそ同じことを何度もやるというのは、まさにPRの評価軸なのかなと感じました。
菅野 : 継続性を褒めすぎると日本中を同じアイデアで巡回したときに、毎年グランプリになるのかという疑問が出る。だから審査では、今年このタイミングで、この文脈でやったことに意味があるかどうかを議論しました。
嶋 : 「継続」という概念は重要なものになっていくと思うんです。今までの広告は「一発で伝える」「短時間で伝える」ということが重視されがちだったけど、最近は企業と生活者が常時接続されるテクノロジーがどんどん出ているので、つながる仕組みを作ることが広告クリエイターの仕事になる場面が多々あるわけですよ。そのとき、継続性を広告領域でどう捉えるか課題になるから、こういう場で議論することは大切。広告の継続の技術として優れた学びがあるかどうか。
菅野 : デザインに関してはどうでしょう。以前と変わったのは、平成最後の3・11ということ、それから渋谷での実施ということ。コピーも平成の終わりに合わせて少し変えています。
嶋 : 防災意識は時代が変わっても持ち続けなければいけないという企業としての意思を感じますよね。
菅野 : 「これによってヤフーがどうブランディングされるのか?」という視点も大事です。「もし、ほかの会社が同じことを言ったら?」と。
嶋 : オーセンティシティって概念があるじゃないですか。女性に寄り添うブランドだから「ライク・ア・ガール」キャンペーンをやるにふさわしいという。だから誰がこの広告のメッセージを発信しているかも重要。
菅野 : 嶋さんが別の施策の議論のときに、「このコピーだったら、ほかの会社でもいいよね」とおっしゃっていたので、これをヤフーが言うことにどれだけの意味合いがあるのかなとは思ったんです。
嶋 : 災害に関する情報発信として、ヤフーはこの施策だけをやっているわけじゃなく、「防災模試」とかいろんなことをしていて、それが彼らのCSR活動になっている。だからこそ、「ちょうどこの高さ。」を続けることで、防災意識を啓蒙する会社としてのイメージが強化されるし、「ヤフーはいい会社だな」と信頼されるようになる。同じことを別のIT企業が言うよりも説得力があると思います。
菅野 : ほかのみなさんはどうでしょうか?
尾上 : リザルトとして「前回よりも170社以上多くの媒体に取り上げられた」と書いてありました。普通は同じことをすると反響は減ると思うのですが、こういう結果になったのは、まさに「平成最後の」という時代の変わり目にやったからですよね。そう考えると、コピーをデザインに含めるかどうかで評価が分かれると思います。個人的には「今」を捉えたという意味では、デザインをアップデートしたとも考えられるんじゃないかと。
保持 : 僕は前回から2年しか経っていないから、「防災のリマインド」という意味を受け取りきれなかったんです。もう少し時間が空いていたら、まさにそれを狙ったデザインだと思えた。最初に見たときに、「前もやったじゃん」と思っちゃったので。でも、世の中の人は素直に受け止めたみたいですね。むしろ、初めて見た人もいたくらい。
菅野 : それに銀座より渋谷のほうが、ここまで波が来たら人がたくさん死ぬことを感じられますよね。スクランブル交差点は人がいっぱいいるから。
東畑 : 世界一行き交う人が多い。
菅野 : 同じアイデアでもタイミングと場所によって機能が変わって、さらに爆発力を持ったのであれば、それはデザインとしてだろうが、PRとしてだろうが、評価したほうがいいということですね。あとはブランデッドコミュニケーションという意味で、ヤフーというブランドにどう貢献しているか。デザインカテゴリーとしてのデザインはどうか。そこはそれぞれの判断に委ねました。
東畑 : 僕はデザインで評価されていいと思いました。あらゆるデザインがカチッとハマっている。平成が終わるというタイミングも踏まえているし、これを見た人に何かを発見させ、動かそうという意識を持ってデザインしているのは間違いない。前回グランプリだったら外しただろうけど、当時はブランデッドコミュニケーション部門がなかったから。もちろん、嶋さんが言っていたように、続けていることにも価値がある。そこはPRで評価する。そのうえで、デザインも評価に値すると思いました。でも、「また来年出てきたらどうか?」と聞かれたら、難しいですよね。
菅野 : こんなの気にしなくていいんですけど、ほかの賞で毎年同じものが受賞していると、「もういいんじゃないの?」という悲しい意見があるじゃないですか。毎年ちゃんと良く出来ていて、続けていることに意味があるものであれば、評価し続けたほうがいいと僕は思います。ただのなあなあになったら落とせばいいわけで。
嶋 : この振り返り議論で評価の理由が明確にされるので、いいと思う。
菅野 : いずれにせよ、この部門はそういう文脈付きで評価する場所なので、審査ではあえてこだわって議論するようにしましたね。
菅野 : これも他のカテゴリーでも評価された施策ですが、ここではデザインカテゴリーとしてどう見るか、という議論をしました。
イム : 取り組み自体は良かったけど、デザインとしてどうかと聞かれると、「どうなんだろう?」とは思ったんです。
嶋 : 「認知症の人たちをレストランの店員にすることで、認知症に対する社会の認識を変えよう」という施策でした。これも、PRの仕事としては本当に見事。デザインとしての評価ポイントはどこか議論したいですね。
橋田 : 僕は素直にロゴもお店もすべてのデザインが良かった。これはテーマとしては重いものじゃないですか。それをポジティブなものに転換するってバランスが難しいと思うんですけど、「てへぺろ」マークでうまく表現していると思いました。
佐々木 : 僕はコピーライターなのでアートディレクションがどうこうというより、デザインの力で新しい価値を提供したかどうかを評価しました。あとは態度や行動に変容が起きたかどうか。これはデザインに限らないですが、単に「きれい」「かっこいい」だけじゃなく、人の気持がちゃんと動いたものを選びたいなと。僕の勝手な基準ですが、その意味で「注文をまちがえる料理店」は、まさに価値のデザインだと思います。一個のミスをみんなで叩き潰すような世の中で、「認知症の人も、それ以外の人も、間違ってもいいじゃない」という価値を創造した。それはPRの力でもあるとは思いましたが。
大八木 : 僕はPRよりデザインの力のほうが強い気がしました。「間違ってごめんね」を「すみません……」ではなく、「ペロッ」と舌を出して可愛くした。展開についても、無理矢理こういうイベントを作りました、ではなく、ちゃんと仕組みが続いている。持続可能な形でゆるりとやっているのがすごくいい。
嶋 : ここに来た人の体験を加速させ、まだ来ていない人にもプロジェクトを知らしめる二つの機能をデザインとして果たしていますよね。
菅野 : ここに来るのは、すでに施策を知っていた人だと思います。フラッとレストランに入ったらたまたまこれでした、という感じではない。この活動を知ってもらうことで、PR的に「素敵なことをやっているんだな」という意識変容を促した。
橋田 : それはそうですよね。
石下 : 認知症という重いテーマで、「てへぺろ」を採用できた勇気も評価したいと思いました。
イム : 「てへぺろ」のモチーフはいいとしても、企画が手前にあって、それをデザインでまとめていくということに関しては、僕はそこまで力を感じなかったかな。
永松 : このキャンペーンを聞いたときに思い浮かぶのは、このロゴなんですよ。そういう意味では、この施策をすごくチャーミングにまとめていると思いました。サムネイルとしての機能も果たしているので、私はデザインの力を感じました。
菅野 : 企画が素晴らしい中で、デザインもそれなりに機能していると思いました。
えぐち : なかなかできないデザインだなと思いましたよ。かっこよすぎてもブレるし、可愛くなりすぎると絵本みたいになってダメですし。
菅野 : そうですよね。茶化しているみたいに見えちゃうから。
えぐち : 実際に店員のおばあちゃんが間違ったときに舌を出していた映像ともリンクしていて、デザイン視点でもすごいと思いました。
橋田 : 圧倒的にPRで評価したかった施策です。デザインドリブンでPRになっているというより、主張ドリブンでPRになっている。主張やコピーの強さによって、社会的な波及効果がすごく高い例として評価できるのではないかと。ただ、そのときにデザインをどう評価するか。
佐々木 : 確かにPR文脈ではありますけど、デザインとしても機能していたと思います。手法としてはクラシカルなものかもしれないですけど。
大八木 : ハッシュタグ(#)はデータに命が通って、それを使う人たちの言葉になっていくところが本当だと思うんですけど、ハッシュタグをハンコと間違って使っている人がすごく多いような気がしていました。そんな中で「この髪どうしてダメですか」は素晴らしいコピーだし、まさにハッシュタグにすべきものでした。
橋田 : ハッシュタグとしても素晴らしいデザインだと思いました。
嶋 : この仕事はPRで評価すべき仕事だなと思っていたんですよ。交通広告は実際どれだけ読まれるだろうか?と思って実物を見て、これは人々の興味を引くだろうと考え直した。すごく計算されたデザインだった。
尾上 : このグラフィックを見たとき、僕も素直にいいと思いました。ハッシュタグが運動を誘導するものになっているのに対して、Qの部分(交通広告には髪型校則に対する具体的な問いかけも掲載されている)で一旦考えさせて、ビジュアルの女の子を絶妙にエモーショナルなかたちに載せている。これは下手すると無機質になるか、ヒステリックに主張するものになりかねないものですけど、こういうふうに誘導すると、一回気持ちが入って、熱くなりすぎずに考えさせることができる。そうやっていい塩梅の議論を促していける設計だと思いました。
菅野 : プロモーションカテゴリーで高く評価されましたが、ここではデザインとして議論しました。
大八木 : テレビ、新聞、番組提供枠というトラディショナルメディアの合わせ技で、『君の名は。』の放送をここまで盛り上げた。僕がいいなと思ったのは、新聞広告です(光にかざすと作中の重要なシーンが再現できる)。新聞は物理的に表現できる面積が大きいじゃないですか。それをうまく活かしたデザインで、ターゲットが新聞を読まなくても、これを見た人が写真を撮ってSNSに投稿したくなる。メディアそのものに接しなくても追体験が可能な世の中ですから、SNSに投稿したくなるデザインにすれば、それをみんなが見てくれる。しかも、新聞広告を使って火種を作って、放送を見た人に番組提供枠のスポンサーロゴのデザイン交換というプレゼントもあった。「そこもかあ」と予想を超えてきた。これが一個だけだったら、ここまで話題にならなかったかもしれません。
嶋 : 放送される日に人がどう動くかデザインされてたよね。紙メディアの使い方も良かったですし、人の行動を誘発するという高度な設計があった。
小杉 : それぞれのメディアでちゃんとアウトプットに対して設計力を発揮しているところが評価できました。
橋田 : 新聞広告が良く出来ていましたね。両面を使って『君の名は。』のパラレルワールドを表現するのは、デザイン企画としてすごいと思いました。それにロゴという企業にとって一番いじりにくいデザインをいじって、しかも面白いというのも素晴らしいチャレンジ。SNSでも頻繁に目にしました。
米澤 : 新聞広告そのものというより、それを光にかざして透かしたところを撮影した写真が印象的だった。
イム : これが秀逸でした。すごいなと。
菅野 : 写真をネットで見たときに、現物を見たいと思いました。今っぽいやり方ですよね。「新聞をみんな見ているはず」ということを前提にしない。
上西 : 私は企画とコンテンツが立ちすぎている印象で、最初は全然票を入れなかったんですけど、新聞広告の実物を見たときにいいなと思ったんですよね。これはまさにデザインカテゴリーだなと。
保持 : ロゴについても、提供クレジットはみんな無視するものになっているじゃないですか。でも、企業は高い金額でこの枠を買って、コンテンツを世の中に届けている。作品以外のところでもうまく話題化をしていて、トータルで見るとすごく機能していると思いました。
尾上 : みんな放送中のCMを頑張っている中で、提供枠が一番話題になった。それだけ力があったと。
菅野 : これに参加した企業は株が上がりますよね。勇気がある。
保持 : 参加企業が『君の名は。』のファンに好かれるところまで作っている。
東畑 : 実は地上波で2回目の放送だったのに、ちゃんとお祭りをデザインした。地上波で映画を観る意味は何かというと、同時性ということじゃないですか。だから、こういう施策が増えるといいなと思いました。
大八木 : 広告としてとても好きでした。リアル実証広告というか(早稲田アカデミーの卒業生である女優の芦田愛菜を「リアルな卒塾生」として表現。過去と現在の共演により、「学力の向上」と「人間的成長」を可視化した)。作りもきれいでした。
菅野 : これは芦田愛菜さんの過去撮影していたネガを使ったということですよね。よくこんな可愛い写真を撮ってありましたね。
大八木 : 下手するとチラシみたいになるところを、ちゃんと人間を描こうとしている。「タレント広告です」じゃなくて、人間として捉えている姿勢がいいと思いました。
菅野 : しかし、昔の芦田愛菜さんは神がかってますね。
大八木 : ただ、「可愛いよね」を活かすとすれば、コピーがもう何歩か踏み込んだものだったら、もっと「おおっ」となるとも思いました。
佐々木 : コピーは芦田さんをうまく利用できてない。
大八木 : せっかくこれだけ写真がいいのに。この企画があって、コピーがすごかったら、もっと話題になったかもしれない。ボカーンといけるところをスッと置いちゃった。
菅野 : 過去と現在の芦田さんをうまく使っているのに、コピーとはつながっていない感じがもったいない。
保持 : 確かにコピーはご指摘の通りだと思いました。
橋田 : そういうところもありますが、それで落とさなくてもいいかなと。何より目立っていたし、接触もすごくあったと思う。広告としてのパワーをちゃんと持っていたと思いました。
八木 : 駅で見て、「人は成長するなあ」と素直に思いました。
菅野 : 「人は成長する」と言われたほうがコピーとしてはわかりやすかったかもしれないですね。でも、それほど審査でネガティブな意見が出たわけではありませんでした。
上西 : ブランディングとしては成功していると感じました。
嶋 : この仕事は審査後半に評価していい仕事をもう一回見直そうという時に選んだものですね。
プロダクトデザインの領域の中で、ちゃんとワークしそうな提案だし。(子どもが安全に使えるカッターを作ることで、カッターを「知育道具」として再定義した)。広告会社の仕事として、こういうプロダクトを提案するのはいいなと。
菅野 : 票の分散もそこまでなく、みんな評価が高かったです。
イム : 実物を見たらすごく合理的にできていた。カッターの刃を折るのは大人でも難しいけど、そこをうまく工夫していました。普通に大人が使ってもいい、優れたプロダクトだと思います。デザインもチャーミングで子ども向けとしてしっかりしている。
米澤 : 「子どもが使えるカッター」という文脈だと、修正テープみたいな丸い形のものがアメリカとかで普通に使われていて。それに比べると、これがどれだけ新しいのかは私にはわからなかったんです。でも、今の小学校はカッターの持ち込みが禁止されていて、そもそも使う機会がないという状況になっている中で、これは大阪の小学校(218校)で導入された。普及の活動まで一緒にやったということで、そこは評価できる。クリエイティブイノベーション部門にも出ていましたが、デザインじゃないカテゴリーで評価したほうがいいんじゃないかと思ったんですよね。出荷本数2万本(発売後約3カ月)という数字もすごいですし。
嶋 : 新しいカッターが2万本ですからね。すごい。
嶋 : この部門は「辺境から見つけたものを評価しよう」だから、こういう施策を評価することはふさわしいと思いました。
永松 : カッターの原型から逃げてないのが素晴らしいですよね。大人になってもそのまま使える。
菅野 : 嶋さんがおっしゃる通り、この部門がなかったら評価されることのなかったアイデアを拾い上げることで、広告業界全体を勇気づけたり、新しいことにチャレンジするモチベーションを鼓舞したいというのが、この部門のもっとも重要なポイントです。それだけに下に落ちているものをやたら拾いに行ったので、審査にはかなりの時間を費やしました。「みんなは気付いてないけど、誰かが気付いている良い部分に注目したら、みんなが『いいね!』となった」を見つけたくて。非常にめんどくさいことではあるんですが、ちょっとでも良いところがあったらどんどん言っていただくことが大事でした。それでいうと、「キッター」に関しては、広告業界がデザインで果たすことができる役割を拡張してくれているし、ここまでの成功事例もあまりないよね、ということでこの結果を出しました。
東畑 : これは割と上位のコミュニケーションとしてのアイデアがある(世界最高峰のデザインアワードである「D&AD Awards」の価値とデザインの可能性を伝えるための展覧会ビジュアルを作成した)。純粋にグラフィックデザインとしての作品だと思うんですが、そういった観点で見ると、これは美しいなと感じました。デザインを大事にしている広告展のポスターとして抜けている。広告賞のユニークな捉え方でした。
菅野 : デザインとして緻密だと思いつつ、なかなか哲学的ですよね。
イム : 非常に簡潔だけど画として強いと感じました(音楽をテーマにさまざまなアーティストとコラボレーションする中で、ソフトバンクのロゴを音符に変身させた)。
えぐち : 映像がすごく良かった。
菅野 : ソフトバンクで大貫卓也さんのロゴをいじりに行くという勇気は評価したい(笑)。ただ、マーケティング上のどういった部分に寄与しているのか、というところが明確ではなかった印象です。でも、ソフトバンクのイメージの中で、デザインが気持ちよく見えましたね。
関戸 : このキャンペーンは好きです。特殊なキャラクター設定のキャリアのコミュニケーションが多いなかで、新しく見えました。特にグラフィックは出演者が生き生きと見え、魅力的なものに感じました。学生がいっぱい出ているものは卒業シーズン向けなのかな? 携帯キャリアには最近なかったトーンだったから、自分が高校生だったら、すごく目立って見えるだろうなと。容量から解放されてコンテンツを楽しもう、というメッセージをここまで昇華できたのが素晴らしい。できればブロンズ以上に入れたいと思いました。
えぐち : 私も審査の点数は高かった。いわゆるタレントものという感じもないですし。伸び伸びしたデザインと音楽でワクワクさせてくれた。一見、何の広告なのかわかりにくいですけど、ずっと白戸家をやって来た中で、この広告を見たら、「何かが変わっていくのかな」という感じを受けました。そういう広告がACCのデザインカテゴリーで選ばれると、幅が広がっていくので、すごくいいことだと思ったんですよね。
永松 : 写真のディレクションやトリミングを見るだけでも、アートディレクターの技術の高さがよくわかる。
栗林 : 音楽のアイコンと「しばられるな」というコピーが、どれだけユーザーの中で結びつくのかがカギだと思いました。説明を読んだら、「容量無制限で音楽を楽しめる」ところにつながっていることはわかるんですけど、受け手がそれをどこまで読み取れるか。
関戸 : 一方で、伝えたい言葉と画が近すぎると、「つまらない」と感じてしまう。これは「展開のスピードは早いけど、内容は薄く感じる」という広告にギリギリなっていない言葉と画の関係が作れていると思いました。
嶋 : 非常に目立つビジュアル(作中に頻出する擬音「ドドド」だけで歴代主人公の肖像を描いた)ですね。元々の荒木飛呂彦さん(『ジョジョの奇妙な冒険』の作者)の漫画表現からどれだけクリエイティブジャンプしたかが議論になりましたね。
菅野 : 『ジョジョ』好きな人にとってのデザインにしていると思いつつ、その疑問はありましたね。
永松 : 私は普通にすごいと圧倒されました。アートディレクションの仕事として大作だと。
井上 : 漫画そのものに「ドドド」はあるものだから…荒木先生の発明かなと。
橋田 : でも、それでイラストを構成するのは発明。
小杉 : 確かに「ドドド」は荒木さんのものではあるんですけど、それをちゃんとコミュニケーションツールにしているところにデザインの効果を感じました。車のパッケージとして成り立たせているのは、まさにデザインの力じゃないかと。あと、「最初の発明をするのがデザイン」かと言われると、さっきの「キッター」と同じで、発明そのものがデザインの定義だと思いません。カッターみたいなものが、コミュニケーションツールとしてリデザインされることがデザインの価値だと考えると、この「ドドド」はデザインとして機能するコミュニケーションツールになっているんじゃないでしょうか。
石下 : その「ドドド」を見つけてくる発見力もアートディレクションだと思うので、そこはいいと思います。ミニマムな方法でダイナミックな表現をしているのが素晴らしかった。
栗林 : コンテンツ系の広告で難しいのは、ファンがシズルを感じるところを抜き出しつつ、ファンじゃない人も反応できるポイントを探すことなんです。そこがめちゃくちゃよく出来ていたと思ったんですよね。
井上 : 私は『ジョジョ』がめちゃくちゃ好きなんですけど、一か所「ド」じゃない言葉を入れるとか。これはそういうことをやってくれると熱いと思いました。
永松 : 気付いてないだけで入っているかも。
尾上 : でも、これだけでも『ジョジョ』の表現としては新しくて、見たことのないものでした。
イム : ウェブで表現したらさらに抜けそうだけど。これが動いたらインパクトが半端ない。
菅野 : これ、バランスが難しかったと思うんですけど、上品にやりきったと思いました。下手したらダサい遊園地みたいになってしまうところを、ちょうどいい加減でやっているなと。駅に自然に溶け込ませたところがすごい。
大八木 : 非常にデザイナーらしい、きれいな仕事でしたね。
佐々木 : デザインも最小限で良かった。駅としての機能をキープしながら、ちゃんと「ドラえもん」になっている。
菅野 : これはデザインの技術が必要な施策ですよね。
大八木 : これは品のある人の仕事だと思いました。
栗林 : 駅をここまで巻き込んでやった例は知らなかったです。こういう事例を作ることで、今後いろんなことができるようになるのでは。
関戸 : 私はすごく「ドラえもん」が好きで、ミュージアムへも初日に行ったのですが、この看板とかアートディレクションとして素晴らしいなと思いつつも、実はいろんなタッチで描かれた「ドラえもん」が駅のあちこちに存在しているところが気になりました。作者本人が描いたものと、線画と、アニメをベースにしたものとが混在していて。ちょっと印象が散漫な感じになっているのが気になってしまった。
石下 : その違和感は私も感じました。すごく素敵な取り組みなんですけど。
関戸 : 駅自体がコンテンツとコラボレーションすることで、聖地を作るのは素晴らしいと思いました。
尾上 : 「ドラえもん」という象徴的な姿を「出さずに、感じさせる」ことを目指した、と説明にありますけど、ロッカーにすごく貼ってあったりして、けっこう見せちゃっているんですよね。そこもちょっと気になりました。
橋田 : でも、メインビジュアルは駅の看板ですよね(ドラえもんの鈴とキャラクターのカラーだけでデザインした)。ここは素晴らしい。
米澤 : かわいいし、これを見たらテンションが上がる。
関戸 : そこだけを見せてほしかったかな。
イム : さっき菅野さんがおっしゃったように、コンテンツの馴染ませ方が秀逸だと思いました。細かいところまで見ると厳しいというのはあるけど、ここまで仕上げるにはアートディレクターに相当な力量がないと。やりすぎになっていないバランス感覚が素晴らしい。
菅野 : これがミュージアムだったらやりきっていいと思うんですけど、ここは駅じゃないですか。興味がない人も使うわけで、そういう人が見ても嫌じゃない程度に入れ込むバランスが難しいだろうと思って。
保持 : その通りだと思います。
s関戸 : 薬事法などいろんな制約がある中で、「肌がきれいになる」ことの直球で勝負して、この定着に落とし込んでいるのはアートディレクションの力だと思いました(前例のない「飲むタイプのスキンケアサプリメント」の価値を伝えるために、全身の裸を心地よく見せるグラフィックに挑戦した)。それに女性だけじゃなく、男性も同じトーンでやっているのも良かった。映像もグラフィックも、いやらしくないクオリティで完成させていてすごい。
小杉 : 広告表現として、単純に今までにない肌の見せ方として新しいと思います。
橋田 : まず、グラフィックがめちゃくちゃ目立っていましたよね。肌のレタッチも、ほくらや毛穴がわかるようになっていて、肌の質感の捉え方にアートディレクションが効いていた。こういう広告は肌をツルツルにしがちですけど、そこを違和感なく、自然できれいに作るのは難しいと思います。フェイクじゃない、リアルでちゃんと美しいものを作るのはすごいですよね。
イム : これ、制作者の視点で、どういう検証を経てここまで辿り着いたのか気になりました。身体をグラフィックで切り取るときって、下手するとすごく生っぽくなったり、そもそも画にならないとかなりがちなんですけど、特に映像がどの断面を見ても画になっていました。
小杉 : 僕は背景がうまいと思いました。従来のこうした写真表現では大体、黒やグレーにして肌の色をきれいに見せようとするんですけど、ピンクを使うことで一枚絵として溶け込ませているのがすごい。
保持 : フィルムまでやりきっているのがすごかったですよね。グラフィックがこういう感じでも、フィルムはちょっと違う方向で、というのをよく見ますが、ワンアイデアでやりきっているのがいいと思いました。ただ、コピーはちょっと物足りなかった。
菅野 : ビジュアルとしてはすごく強いし、レタッチもやりすぎていない。最近はレタッチのやりすぎでCGみたいになっているのがありますから。そこも含めてすごいと思ったんですけど、コピーはストレートなアプローチだなと感じました。
保持 : あえて抑制的にすることで、表現しすぎない狙いがあったのかもしれない。
橋田 : 「飲むだけで肌の水分を逃がしにくくする商品」だから、革新的であることをストレートに表したものだと思いました。
保持 : しかも、「日本初、肌のトクホ」という言葉が効いていますね。ポジショニングがしっかりしている。
関戸 : ファクトのある表現でした。
大八木 : 成分が何かと思ってしまった。
菅野 : 「日本初、肌のトクホ」と機能についての説明を合わせたらすごく強いのに、「すべてが新しい」という曖昧な言い方になっていたので、何か理由があったのかと考えてしまいました。
大八木 : 普通のスキンケア商品なら肌に直接つける。でも、これは飲んで内側からきれいにすると。それが直接伝わる表現のほうが良かったのかも。
イム : 「そのスキンケアは、すべてが新しい」と言うのであれば、「新しさ」そのものを言えばいいと思う。でも、このコピーではそこが下に入っているから。
八木 : そんなに大きな広告ではないですからね。あとは調べてください、というビジュアルだと解釈しました。
大八木 : コピーが強すぎると邪魔しちゃいますからね。
菅野 : ちょうど樹木希林さんが亡くなった直後ということで、社会的に注目されました(「樹木希林さんからの、地球への最後のメッセージ」を四十九日法要の翌日の新聞に掲載)。書いてある文章も彼女らしいメッセージで、すごく話題になりました。
橋田 : ここまで「死」をテーマにして、ちゃんとみんなの心を動かせるものになっているのが素晴らしかった。樹木希林さんと出版社の関係性ができていたから、ちゃんと話し合って「最後の言葉」をメッセージとして世の中に届けられた。まず、その関係性のあり方がすごいと思いました。
小杉 : 「注文をまちがえる料理店」と共通していると思います。「注文をまちがえる料理店」は重たいテーマを舌を出したデザインの力でチャーミングにしていますよね。この仕事では「サヨナラ、地球さん」の文字が段々と小さくなっていく感じも含めて、樹木希林さんらしい人格で広告を作っているなと感じられました。ベースにあるのはアインシュタインの写真だとは思いますが。
菅野 : これだけ重たいテーマでやることはなかなかないですよね。
橋田 : 遺影に使われた写真に娘の内田也哉子さんの舌を合成しているそうですが、「やっていいですか?」と聞ける関係性もまたすごい。
小杉 : 樹木希林さんの特番で象徴的に使われていた画がこのビジュアルだったんですよ。だから、世の中で共感された樹木希林さんの肖像画にもなったということだと思います。
えぐち : こういう写真はやりすぎるとデザインがうるさく感じられてしまうものですが、これはバランスがちょうどいいと思いました。まさに樹木希林さんそのものでしたね。
大八木 : デザインで褒めたいと思った作品でした(新しい新聞体験を促すことに加え、社会課題に取り組む姿勢を伝えるために、海岸に『海洋ごみ問題』についての巨大な新聞記事を砂絵で描いた施策)。視点がいいのはもちろんですけど、この手のものは、「作り込みが雑で見られたものじゃない」となりがちなのに、スケール感と内容で圧倒した。やがて波に消されてしまうところも含めて素晴らしかったです。新聞というトラディショナルなメディアと、イベント的な面白さを融合させていて、作品としてとても美しいものでした。審査していて嬉しい作品でしたし、一番印象に残りました。
佐々木 : 僕はそんなに点数を高くつけなかったんです。否定はしないですが、海洋ごみ問題の解決にいろんな人がチャレンジしている中で、アウェアネス(気付きを与えること)に留まっていたと感じてしまったんですよね。世界の有名な「トラッシュアイルズ」(太平洋上に浮かぶプラスチックの「ごみ諸島」を国連の加盟国として認めるように申請したことで、ごみ問題に世界的な注目を集めたプロジェクト)とかに比べると、どうしても。比べちゃいけないんでしょうけど。
大八木 : そこまで掘り下げていくと、記事の内容自体はわりと知られていることを言っているなとは思いました。
佐々木 : もちろん、施策としてのクオリティはすごく高かったと思います。
大八木 : 新聞というメディアがこれだけ苦しい状況にある中で、何ができるのか。そこのチャレンジをしていた。さっきの宝島社の広告もそうでしたが、社会とつながっているところで挑戦している施策に関しては、制作者に「ナイス!」と言いたい。新聞は物理的に大きいから、そのサイズが毎日届くというのは、僕は広告にとってチャンスがあると思っているので、その可能性を広げてくれたのは嬉しかった。実施概要を収録した映像も良かったですね。普通に考えると、砂の新聞って効果があるのかなと思うけど、こういうふうにコンテンツ化することでちゃんと残せる。
嶋 : 実物を見て新聞でやる意味をすごく感じました。サイズ的にでかい、すごいことやっていると明確に伝わる。いい仕事だと思いました。
橋田 : 何でもシェアを前提に考えないといけないわけじゃないですけど、情報を広げてもらう設計としては真逆に感じました。砂絵そのものを頑張って広げることができたら良かったんですけど、あれを撮影して、紙面で見たときに、感動がどこまで伝わるか。新聞掲載というシェアのタイミングでリアリティが一歩下がってしまう設計になっていて、そこだけ気になりました。
大八木 : 新聞広告に使われた「海が言葉を持ったら ぼくらに何を言うだろう。」というコピーはいいと思うけど、その中身が「海にプラスチックが漂っていて大変です」というのは、「本当にそれだけかな?」と。
尾上 : 「海が言葉を持ったら」と人間じゃないものに意見を言わせようとするやり方は、海外ではあまりやらなそうだと思いました。日本的な表現だから、日本においては「トラッシュアイル」よりもこっちのほうが効くんじゃないかと。波打ち際で消えていく様子も映像であったりしたら、なお良かったんじゃないかな。
大八木 : パラ卓球の選手がそれぞれ「自分には卓球台がどう見えているか」を描いた名刺のビジュアルはすごかったんですけど、そのテーブルを実際に作る必要があったのかと思ったんですよね。ただ、PRを狙うという意味では、モノがあったほうがいい。各選手の名刺のデザインはすごく良くて、それぞれ固有のものになっているんです。デザインと選手のアイデンティティが完全に一致していて、「すげえ」と思いました。
菅野 : その人の持つ障がいによって卓球台が違う形に見えていることを通して、まったく同じ障がいを抱えた人はいないことを、これだけわかりやすく伝えているのは確かにすごい。
佐々木 : 卓球台を作ったことに関しては、何のためだろうとは思いますね。これを普及させたわけでもなかったから。
大八木 : 最初にこれを見たとき、何か新しい競技を考案したとか、そういうのがあるのかなと思ったら、なかったので。
菅野 : 一応、体験した映像がテレビで流れるといったことはありましたよね。
大八木 : それが嶋さんの言う「合意形成」にまで行けているのかわからなくて、その手前の啓発だと思ったんです。
嶋 : でも、これは実物があれば、「障がい者の卓球はこれだけ大変なんだ」ということを誰でもリアルに感じられるから、名刺もいいけど、卓球台そのものも評価していいと思いましたよ。
大八木 : それが実際に体験できたら良かったのですが、僕らはできないので。
嶋 : PRのリザルトのほうでも誰がどこで体験できたのかは書いてなくて、どれくらいの人が実際にやってみたのかわからなかった。でも、実際にここにあったら、「確かにこれは打ちにくいよね」とわかるデザインになっていたと思います。だから、プロダクトとしていいと思いました。
菅野 : これをみんなが体験できたらすごいですよね。
尾上 : パラリンピックのイベントとかで使うのかもしれない。
小杉 : 僕は別の審査会で実際にやってみたんですけど、確かにこの体験はすごかった。そのうえで、やってみることに価値があるだけじゃなく、モノを見るだけでも「想像して大変なことなんだな」ということがわかる。シンプルにそういうことを伝えられるのは視覚的なデザインの力、いわゆるビジュアルコミュニケーションなんじゃないかと思いました。
嶋 : そこは難しいよね。見るだけでわかるのかやってみないとわからないのか。
米澤 : やっている人の映像を見るだけで、卓球をやったことがある人なら、「確かにこれは難しそう」と想像はできるかなと思いました。名刺だけより台があるほうが価値がある。
栗林 : 僕はこれを見たときに、「難しそう」よりも「楽しそう」に振れていると感じました。それにPRやイベントを設計する人にとっては、こういう台があると映像に映えるなと計算できる。デザインの中心に台があるんだと思います。
東畑 : この台を前から見たときに惹き込まれるものがあって、面白かった。問題設定も切れ味があったと思います。
永松 : アウトプットとしては、去年のカンヌでグランプリだった「THE UNUSUAL FOOTBALL FIELD」(タイの施策で、市街地に子供の遊び場がない問題を解消するために土地デベロッパーがいびつな形のままの空き地をサッカーコートに変えて場所を提供したキャンペーン)がちょっとよぎってしまったんですよね。取り組んでる課題は違うんですが。
嶋 : 違うと思う。
永松 : そのプロジェクトは、実際にいびつな形のコートで遊んだら本当に「楽しそう」だなというものでした。
小杉 : 「楽しそう」という感覚はこの仕事の設計にはなかったと思いました。それぞれの方の動き方や感覚を視覚的に、体験として分かりやすくカタチにしたもので、結果、遊びを象徴的にするものではないと思います。
えぐち : 卓球台として形がバラバラだと荷重のかけ方が全部違うから、一個一個ちゃんとデザインしないといけない。そこをオリンピックの台を作っている会社に発注してちゃんと作ったということで、デザインとして評価できると思いました。
イム : 僕は最初にこれを見たときに、嫌悪感に近いものを覚えたんです。「アワードに出すから、変わった形に作っているんだな」って。
菅野 : 悪い人だなー(笑)。
イム : パッと見ではそう思ったんですけど、映像と趣旨を見て、相当に作り込まれたものだとわかりました。問題に対してど真ん中をやりつつ、ちゃんと練り込まれたデザインだった。結果的にはいいデザインだと評価しています。
菅野 : スキのない感じがね、ちょっとだけ広告賞狙いみたいな印象を受けるのはわかります。
イム : 実際に体験できても面白いんじゃないかな。これでとんねるずが卓球対決とかしたら面白そうだし。一般的にも普通に使えると思います。
永松 : 距離が長く感じる台はわかりやすいんですけど、ぐるっとキレイに丸くなっているものはどういうロジックなんだろうと、ちょっと疑ったりしました。
八木 : 「ちょっとデザインで作っているんじゃないの?」ということですよね。
永松 : そうですね。意図を感じてしまった。
イム : そこはひとつひとつ説明がありましたよね。僕も全部読んで、なるほど、そういうことなのかと思いました。
菅野 : ひとつ気になったのは、パラリンピックだと必ず同じ程度の障がいのある人同士の対決になっているんですが、これは健常者との対決を想定していること。パラリンピックはハンデを減らして、なるべく勝負が拮抗するように設定しているのに、これは片側が必ず不利になるような仕組みになっている。「障がい者はいつも不利な目に遭っています」というメッセージに見えちゃうのがちょっと気になりました。片側が長く伸びていて、もう片側は違う形になっていたら、「どっちも違う障がいを抱えているけど、それぞれの個性があって平等に戦っています」ということになってパラリンピックらしさが出る。必ず片側は健常者を想定しているところが納得できなかったんですよね。
橋田 : そこはターゲットが健常者だから、という気はしました。健常者にとっての大変さを表現しようということかと。
菅野 : これは当該選手にしかできないデザインで、彼らは「いつも健常者と戦わされています」ということではないじゃないですか。両側が障がい者の選手のデザインで、それを健常者同士でプレイするということならわかるんです。
大八木 : その意見を聞いて、仕上げはそっちのほうが良かったんじゃないかと思いました。通常の形が正しさの表現になってしまっているのは、ハンディキャップの理解を促すことをベースに考えると違う。そこは確かに。
橋田 : でも、両方のデザインが違っていたら、デザインのわかりやすさは落ちますよね。
大八木 : その手前の「人とは何か」「人の有り様とは何か」みたいなものですね。片方が変形していて、片方が正しいという考え方が見えるのはどうなんだろうと。
菅野 : そう、これだと常に健常者と対比されちゃうから。
大八木 : 本来的な意味で言うと違う、という意見には賛成です。ただ、「今のデザインのほうがわかりやすい」という意見もわかります。
東畑 : あれをハンデと捉えるか、能力の違いとして捉えるか。ああいう台でプレイしていることを「スーパープレイをしている」と捉えることもできます。
菅野 : 例えば、台が半々で分離できて、どの組み合わせでも試合ができるとかだったら良かった。
永松 : そのほうが継続可能ですね。
嶋 : さまざまな人がいて、違いもさまざまだと。多様さを見せるという意味でね。
菅野 : 健常者との対比で見せたほうがわかりやすいというのはそうなんですが、常に健常者と対比するよりは、多様さの表現に重点を置いたほうがいいのではと思いました。
菅野 : これも良かった(自分好みにカスタムでき、すぐ受け取れるボトルスタイルコーヒーのテイクアウト専門店をプロデュース)。
東畑 : 現物を買ってみたとき、ボトルのラベルに自分の名前が入っていたところにやられました。名前が入っていると、こんなに嬉しいんだって。映像では客観的に見ていたから、実際にやってみるとちょっと印象が変わります。上手にやったなと(笑)。
上西 : スターバックスとかでたまにやってくれる感じですよね。
東畑 : また買って帰りたいと思わせてくれる。
橋田 : 飲んだら、普通に美味しかったです。
栗林 : 今でも爆発的に人気らしいです。自分じゃなく、好きなアイドルの名前を入れたりする人もいて、使い方が広がっている。
米澤 : コーヒーの値段もスターバックスより安い。
菅野 : 豆は世の中で売っているBOSSと同じものなのかな。
えぐち : 豆は一緒かもしれないけど、自分好みにブレンドできるところが違いですよね。
嶋 : あえて言うと、これはブレンドできることが価値なのか。デジタルで注文してピックアップできるところが価値なのか。審査では何が言いたいポイントなのかと議論になりました。
イム : 後者だと思いました。よくUI/UXみたいなことが言われますけど、それぞれのタッチポイントで、実際に人が行動するところまでデザインしきっている。僕は毎日、会社の近くの店に寄ってコーヒーを買うんですけど、常連なので前に3人くらいいても作り始めてくれる。熱いときはあんまり手で持ちたくないから、そういう気遣いは嬉しい。……ということのもっと手前をこのサービスはやってくれる。ぜひ普通のドリップコーヒーでも取り入れてほしいと思いました。
菅野 : 嶋さんがおっしゃっているのは、事前にカスタマイズしたい欲求と、早く受け取りたい欲求の組み合わせであるということですよね。
大八木 : パーソナライゼーションの波がデジタルの世界で起きている中で、サントリーさんがこれをやったチャレンジが素晴らしいと思いました。じゃあスケールできるかと言われたら、コストが掛かりすぎて儲からないだろうなとは思いますけど。あとはこれもいろんなカテゴリーにエントリーしていますよね。ここではデザインとして、どう評価するかを議論したい。「デジタルエクスペリエンス」と言われたら推しやすいけど、日清の工場のようなデザインと比べたときに、僕ら審査委員はどっちを推すのか。
嶋 : それで言うと、デジタルエクスペリエンス寄りの気がしました。
菅野 : 僕はパッケージも含めてデザインの仕事はしていると思ったので、デザインカテゴリーで評価してもいいと思いました。
小杉 : 僕はデジタルエクスペリエンスで評価すべきと思ったんですけど、デザインがこのレベルまで達しているから、「ほしい」と思わされるというのはある。これが中途半端なデザインだったら、ここまで話題にならなかっただろうと思いました。
東畑 : BOSSブランドの押し出しも抑制されていましたね。
えぐち : 私はみんながシェアしていたとき、これがサントリーだと知らなかったんです。あとで聞いて、「すごいな」と。でも、ブランドへの貢献と考えたら、どうなのかなとは。
尾上 : BOSSの延長線上にあるべきなのか、それともサントリーによる新しいコーヒービジネスなのか。どっちなんだろうと。
菅野 : 確かにBOSS度は低かったかもしれないですね。
えぐち : 私は低くして正解という気がしました。これがBOSSとして売り出されていたら、味もBOSSの延長線上にあるのかなと思っちゃう。
尾上 : ペットボトルコーヒーの「クラフトボス」の文脈でやっているのかもしれないところが悩ましいですね。
小杉 : サントリーのコーヒー事業が、イコールBOSSということであれば自然な流れとも。
石下 : サントリーのコーヒー事業は「クラフトボス」が出たことで拡張したじゃないですか。それをより拡張していくよ、という意思の表れなのかなと。
嶋 : 僕も映像を見たときに、サントリーのコーヒー事業の拡張だと思いました。
栗林 : 僕も買いに行ったことがあるんですけど、お店はふんだんに映像が使われていてオシャレでした。空港の時刻表みたいなものに自分の名前が出て、ボトルが何時にもらえるかわかる。全部がワクワクする体験として設計されていて、デザイン的だなと思いました。
石下 : コーヒーを自由にカスタマイズできて、欲しい時間にピックアップできるようなサービス自体は中国にもあります。デジタルエクスペリエンスとしては既存のサービスと似ているので、それ以上に買いに行ったときの店頭デザインによる体験や、名前がプリントされるところなどを見て、デザインとして評価したいと思いました。
菅野 : 実は僕もデジタルエクスペリエンスとしては普通かなと思ったんですよ。事前にオーダーしておいて、あとから取りに行く、なんてサービスは山程あるので。でも、これはデザインや体験の設計がブランドにすごく寄り添っている。だからデザインがちゃんと機能していると思いました。
栗林 : 僕がバカにできないと思ったのは、LINEだけでカスタマイズも注文もできる。ウェブサイトに行って云々…という面倒なフローがないところが素晴らしいです。
菅野 : なるほど、そこは確かに。
保持 : 世の中にオシャレなコーヒーショップが無限にある中で、こういう方向性を打ち出したのはオリジナリティがあって良かったですね。
上西 : でも、一般人として考えると、「行くかなあ」とも思ったんですよ。そもそも事前にオーダーして取りに行くって……。
菅野 : 会社の下にあったら行くんじゃない?
上西 : チェーン店にもこういうサービスが入って、という未来になるんだなという予感はしたんですけど。
イム : これはパイロット版の扱いだから。実際にこれが近所にあったら、確実に僕は使う。わざわざ遠くまで体験しに行くかといえば、それはまた別の話。
上西 : 缶コーヒーは煎れている人の顔が見えないから、エンゲージメントを作っていく施策として、サントリーがこういうものを展開するのはいいと思いました。私がよく行くサラダ屋さんにも、普通に事前オーダーとかありますし。「体験が新しい」という話でしたけど、「意外にめんどくさくない?」と思ってしまった。そこら辺の感覚に誤差はある気がします。サントリーがやっていると聞いたら「偉い」と思ったし、広告としてもいい感じだけど、じゃあ、本当にここに行きたくなるサービスになっているかと言われると、そこが難しく感じました。
イム : 相当洗練されていると思いましたよ。
上西 : 洗練されているコーヒー屋さんを挙げていったらきりがない。
イム : 「洗練されている」というのは体験として。さっき菅野さんも言ったように、デジタルエクスペリエンスとしては全部普通のことなんです。パーソナライズとか、事前オーダーとか。でも、これはすべての設計が体験としてレベルが高かった。
上西 : あとは本当に味が美味しければ、ですね。今はコーヒー豆を挽くところからやってくれる自販機もあるので。
菅野 : デジタルデザインの専門家が審査したら、おそらく「普通に世の中の流れだよね」ってなると思います。「ある意味UberEatsとそんなに変わらない」とか言われちゃう。でも、ブランドに対してのデザインとか設計の仕方がすごくスマートだし、丁寧に作られていた。さっき栗林さんが言ったように、実際に行ったときのサイネージも含めて、みんながワクワクできる体験にしているところが、実は大きいのかなと。ダサく作ったら本当によくある感じになってしまう。
イム : 中途半端にすると本当にしょぼく見える。映像と実物を比べて脚色されているところもなかったし、違和感も覚えなかったから、良くできていると思いました。
保持 : BOSSというブランドは本当に広告が上手で、お手本みたいなところがあるじゃないですか。そういう会社が新しい仕組みで、新しいつながりを世の中と作ろうとしているのはすごくいいなと。「その他部門」としても素晴らしかったです。
尾上 : 「自販機の未来はこうなる」みたいなところがありましたね。無人でロッカーから取り出せるとか。けっこう面白いと思いました。
イム : これならサブスクリプションにもできましたよね。毎日味をカスタマイズする人はいないと思うんですよ。基本的に飲む味は決まっている。
栗林 : 見落としちゃいけないのはTwitterが累計2740万リーチというところで、意識高い人だけじゃなく、普通の人も使わないとこの数字は出ない。
大八木 : こういうデジタルネイティブ的な考えで作られたものが、ちゃんと手に取れるデザインに落とし込まれて、デザイナーが見ても「いいよね」となるまで作り込まれている。それがすごく嬉しいところでした。ウェブはデザインが後回しになりやすい場所だったので。しかも、やりきって結果が出ている。
菅野 : どなたがやったかは知らないけど、めっちゃすごいと思いました。ブランドを拡張するためのスタイル提案というか。ベリースペシャルな1店舗だけでも、そのブランドにとって効果のあるものになっているし、特別な体験も提供できている。よくやりきったなと。
大八木 : しかも、普通のボトルコーヒーより値段が高い(300円)のがいいんですよ。コンビニコーヒーも、ほとんどが100円じゃないですか。その中でちゃんとパーソナライズできる価値をお金に変えているのが偉い。
佐々木 : クリエイティブイノベーション部門にも応募されていましたが、あっちの審査委員たちも、最初は「別に普通のカスタマイズじゃん」と言っていたんですよ。でも、「無視できないくらいみんながこれを買っている」という話になって。テクノロジーだけを見たら、「ただのカスタマイゼーションだよね」となるんです。でも、それをここまでみんなが、使いたくなる、ほしくなる、見せびらかしたくなるものにした全体の設計がいいということになりました。
大八木 : そうですよね。以前、コカ・コーラがボトルに自分の名前が入っているキャンペーンをやっていましたが、僕はあれを見たときに、コカ・コーラが大切にしている「シェア」の概念の表明として、なんて素晴らしいんだと思ったんです。これはコーヒーの文脈で人間に落とし込まれている。朝の始まりにこれがあるというのは、広い意味でのデザインの設計としてすごいと思いました。
イム : エントランスに巨大なカップヌードルのフタがあるだけで、工場(滋賀県栗東市に新設された日清食品の旗艦工場)が人に見えました。ここから内臓に入っていく感覚があって。『チャーリーとチョコレート工場』みたい。
保持 : 商品からシズルの取り出し方がすごくうまいと思いました。『ジョジョ』の議論でもありましたけど、「あ、そこがアイデンティティなんだ」という発見があった。明治製菓さんの工場が板チョコのデザインになっているとかありますが、こういうのは「そこなんだ」というところが大事で。上手なクリエーションだなと。
上西 : エントランスのデザインは上から見ないとわからないと思うんですけど、工場の中から見える窓があるんですよね。最初に着いたときは見えないけど、中を回ったあとに見て、好きになっちゃう感じがあります。
イム : 生産ラインで同じ商品が作られている過程も、普通は気持ち悪く見えがちだけど、そうならないように音楽や映像が散りばめられていた。うまいなと。特に(生産ラインを映した)映像は秀逸ですよね。
菅野 : デザイン全般が素晴らしいけど、やはり入り口のフタにやられました。
小杉 : 下から見ると、フタをめくる部分がちゃんとシルバーになっているのが嬉しい。
永松 : カップヌードルの扉と言えるフタが、工場の扉になってるところが気が利いてて好きです。四角い建物にこのフタをひとつつけただけで、カップヌードルの世界に入れるということが体現できてる。
イム : どこまで企画段階で決めていたのか気になって。かなり隅々までデザインをやりきっているんですよ。
大八木 : 動線からデザインしないとこうならない。
小杉 : カップヌードルの赤と白を、空間として心地よくみせていくところなんて、相当に計算されているんだろうなと思いました。
上西 : 「フタを入り口に」と言うのは簡単だけど、これを建築施設に落とし込むには会社の判断も大変だったろうし。
関戸 : 入口のフタの画像が出回っているから、実際に行ったときは見えなくても、「この上にあるんだな」と感じられるように作り込んでいるところが良かった。これなら下に行くだけで、見えなくてもワクワクすると思う。
イム : これは素晴らしかった。「こんなにやりきれるものなんだ」と制作者として想像できないくらいでした。
東畑 : こんなブランド体験ってないですよ。
菅野 : 「The Most Challenging Pingpong Table」や「注文をまちがえる料理店」も素晴らしいけど、「ブランデッドコミュニケーションのデザイン」として、これは納得性がかなり高い。
上西 : ここに来たお客さんは「カップヌードル大好き!」となりそう。
東畑 : 日清の工場にはすごく人が来ますからね。
橋田 : カップヌードルの象徴って正面の印象がありましたけど、これを見ると段々フタを好きになっていく。
えぐち : 誰も注目してないモチーフをあそこに置いて、しかもあんなにかっこよく見せられるのは、全体の設計としてもポイントをあそこに持ってきているんじゃないかと思いました。
上西 : 普通だったら壁面に貼ってしまいそうなのに、入口に水平に置いた。菅野さんもおっしゃっているように、ブランデッドコミュニケーションだと、よくカンヌで見るソーシャル的な、社会問題を扱ったものに意義を感じやすいけど、日清という会社が商品を好きになってもらえるような仕事をちゃんとしている。広告賞のブランデッド部門として、こういうものをちゃんと評価していきたいと思いました。
菅野 : それではグランプリの審査に移ります。いかがでしょうか?
橋田 : 「NISSIN KANSAI FACTORY」は拡張してくれている感じがありました。プロダクトでもなく、ポスターのデザインでもなく、ブランデッドコミュニケーションのデザインとは、こういうことなんだと。
菅野 : 挙手により、全員一致で「NISSIN KANSAI FACTORY」がグランプリと決まりました。