クリクロレポート/審査委員長クロスファイア
~いま、クリエイティブは社会に何ができるのか?~

withコロナ。深刻な環境問題。様々な分断。データ多すぎ。効率重視。表現不要説。でもいまこそ、強いクリエイティビティが必要な時代なのではないか。
クリクロのラストにモデレーター佐々木康晴氏を迎え、各部門の審査委員長7名がそれぞれの受賞作を俯瞰しながら、クリエイティブが社会を動かすため「いま」やるべきことについて話しました。

【モデレーター】佐々木康晴氏
【審査委員長】
 マーケティング・エフェクティブネス部門 鈴木あき子氏
 メディアクリエイティブ部門 中谷弥生氏
 クリエイティブイノベーション部門 米澤香子氏
 ラジオ&オーディオ広告部門 井村光明氏
 フィルム部門 細川美和子氏
 ブランデッド・コミュニケーション部門 橋田和明氏
 デザイン部門 永井一史氏

佐々木:僕らクリエイティブは、いま社会に何ができるのか、各部門の審査委員長をお招きしてお話します。様々な社会課題があるいま、クリエイターのなかには、自分たちの作り出す表現は役に立っているのだろうかと無力感を抱えている人もいます。でも、僕らにできることはたくさんあるはずです。今日は審査委員長の皆さんから、未来に向けて「いま」できることのヒントを伺います。

【質問】
①「いま」のクリエイティブを示唆する、各部門のイチオシ作品
②「いま、クリエイティブは社会に何ができるのか?」に対してのキーワード

マーケティング・エフェクティブネス部門 鈴木あき子氏
①イチオシ:「THE FIRST TAKE」
②キーワード:「ありのままの自分で勝負する勇気を与える。」

鈴木:マーケティング・エフェクティブネス部門でグランプリを獲った作品です。音楽業界の仕組みをイチから変えるくらいの発明でした。コロナ禍で、「自分を飾り立てる」みたいなことが気分に合わなくなった。クリエイティブも、ウソみたいなものはバレるという世の中になってきた。ダイバーシティということも含め、ありのままであるとか、自分らしくあるということが社会の中で重要になってきていると感じます。
 そんななかでこの作品は、息遣い、ミスをしてもそのまま届けてしまう緊迫感も含めて共感できた。すごく、「いま」を象徴しているという印象を受けました。自分らしくある、その背中を押すようなクリエイティブが、増えていくのではないでしょうか。

佐々木:ありのままのアーティストを見せる強さ。こんな時代のクリエイティブも、ありのままの自分で考えるのがいちばん強いかもしれませんね。
他部門でも高い評価を受けています。

中谷:メディアクリエイティブ部門でもグランプリでした。テレビやラジオといったメディアの方が審査委員に多くいるのですが、そういう方たちから見て新しいメディアをつくったと評価されました。音楽はこれまで、カット割りを細かくして、編集をして、完成されたものを届けるという前提がありました。それを根本からくつがえして、先ほど鈴木さんがおっしゃったように「ありのまま」「リアル」をつくりあげたのはチャレンジですし、発明です。
 我々の感覚からすると、アーティストに出演してもらえないのではと思うんですよ。それが最高の品質で、みなさんに出てもらっていて。コロナ禍でライブができないという音楽業界の閉塞感を見事に打破しました。効果もすごくて、メディアの方たちが「やられた」と高い評価をつけたんです。

佐々木:クリエイティブの力で、いまのメディアの常識も変えたっていい。
フィルムでも高い評価でしたね。

細川:フィルム部門Bカテゴリー(オンラインフィルム)でグランプリでした。強制視聴であるテレビCMと違い、オンラインフィルムは「わざわざ見に来てもらう」「最後までちゃんと見てもらう」という力がとても大切になってきます。この作品はそれらを見事に達成していたうえに、何度も見に来させてしまうというところで断トツの評価を受けました。今までの広告の枠組みを超えて可能性を広げたというところも評価されました。

佐々木:これを見て、クリエイティブとして明日からどうしようと思いましたか。

細川:当たり前を疑うということが、ますます大事になってくると思いました。表現手法だけでなく、メディアやプラットフォームまで含めて枠組みを疑っていくほど、斬新なことができるという学びになる。それは今後真似できるけど、同じことをしてもしょうがないので、じゃあ次は何を疑うんだということを考えないと。考え甲斐のあるところです。

井村:この作品、ラジオ&オーディオ広告部門だけ応募してもらっていないのですごくさみしかったんです。Bカテゴリーは音声をメインにしたエグゼキューション全般なので、ぜひよろしくお願いします。

佐々木:いろんなブレイクスルーをした作品ですが、音声コンテンツとしての自己認識が薄かったのかもしれないですね。来年はぜひ。

永井:デザイン部門でもゴールドを受賞しました。みなさんおっしゃったようにありのまま、アーティストと視聴している自分が向き合って通じ合えたところで評価されました。審査の中ではあまり議論されなかったのですが、全体のアートディレクションもすばらしかった。シンプルな空間とセンターの“1”がすべてのアイデンティティになっていて、多様なアーティストたちを束ねている。デザインとしてもそこを評価したいと思いました。

佐々木:デザイン的な視点での新しさ。たしかに、YouTubeは新しいメディアなのにフォーマットが固定化しつつある。似たようなテロップで。そこもブレイクスルーして新しい価値をつくっているということですね。クリエイティブとして従来の枠組みを壊してくれた。

メディアクリエイティブ部門 中谷弥生氏
① イチオシ「共演NG社(キリン×サントリー)共演後提供企画」
② キーワード「前提を覆し、閉塞感を打破!」

佐々木:ゴールドを受賞した作品ですね。なぜこれを選ばれたのでしょう。

中谷:先ほど細川さんがおっしゃっていたように「当たり前を疑う」ということで言うと、これも前提にとらわれなかった。これまで淡々とやってきた提供読みの空間、ここをいじるのはとても難しいと思ってしまいますし、これをサントリーさんとキリンさんに提案したというのがやはりすごい。競合社を同じ番組に同居させるというのは、できそうでできないですよ。そこを覆しています。また受け入れてくれた提供社の懐の深さ。これはぜひサントリーの鈴木さんに裏話を聞いてみたいです。

鈴木:選んでいただいてありがとうございます。本当によくOKしたなと思います。弊社もキリンさんもこの企画をおもしろがれたというのがとても貴重なことでした。ロゴもいじっているじゃないですか。ガイドラインがあるので担当部署に相談しに行ったときに、「こういう企画をおもしろがれない会社ではいけないよね」という話が出たと聞きました。実際、お客様からポジティブな反応がすごかったので。ノーサイドの精神じゃないですけど、競合同士がわちゃわちゃするのって、好感をもって受け止めてもらえるんだという学びになりました。

中谷:どっちを先に読まなきゃいけないとか、なかったんですか?審査会で話題になったんです。

鈴木:推測ですが、何回かあったので公平になるように調整しているんじゃないかなあ(笑)。

佐々木:裏話をありがとうございます。中谷さんのキーワードを見ると、やはりいま、閉塞感を感じますか。

中谷:そうですね。みなさん飲みにも行けないし、エンターテインメントを満喫できない。そういうときに、テレビを見ていて前提を覆しておもしろいものを見る。そういう点で上位になったと思います。

佐々木:クリエイターたちもできることが減っているなか、今まで触ってはいけないと言われていることでも、実は触っていいんだとわかった。これまでのルールを壊していいという勇気の出る事例ですね。

井村:ダブルスポンサー問題って、きっと視聴者の方にとってはどうでもいいこと。そういう自主規制はけっこうあると思うんです。僕らがアンタッチャブルだと思っていることはまだまだ残っていて、そこをいじったら世の中もおもしろがってくれるんじゃないか。そんな気づきになりました。

橋田:素敵な企画で、とっても悔しいなと思いました。キリンさんとサントリーさんが「小競り合い」をしているのが大切。2社が組んでいる時点で仲がいいのはもうわかるから、そこで「仲いいですよ」とやっても面白くなかったと思うんですよ。どっちのロゴが上にレイアウトされるか、みたいな業界タブーを遊びにいっている感覚があるから、見ている人も共有しやすいし、突っ込みやすい。そこがちゃんとクリエイティブで考えられている。

佐々木:ブランドの人格がにじんで見えてくる、ちょっとした工夫ですよね。

中谷:ドラマの本編と同じような感じで、提供の表示が小競り合いをする。それがコンテンツに仕上がっていました。

佐々木:世の中では「社会のトランスフォーメーション」が必要だと言われていますけど、そこまで大上段に構えず、今までのちょっとした古いしきたりをハックするだけで、みんなが楽しんだり笑えたり、ブランドを好きになったりすることができるというのは、今すぐできる勇気、という気がしました。
次は、大きなデジタルトランスフォーメーションの事例です。

クリエイティブイノベーション部門 米澤香子氏
① イチオシ「3D都市モデル整備・活用・
オープンデータプロジェクト“PLATEAU”」
② キーワード「国づくり。」

米澤:日本の都市の3Dデータを、企業やクリエイターなど誰もが自由に使えるように整備したオープンプラットフォームです。国土交通省からの応募で、大人が子どもの遊びに乗り込んできたみたいなずるさがあるのですが(笑)、伊能忠敬が日本地図をつくって物流等が発展したように、これのおかげで日本がデジタルによって変わっていく可能性を秘めていると感じて、グランプリに選びました。
 データ公開に関しても、年に1度PDFをアップロードして誰にも見られない、みたいのではなく、ちゃんと誰でも使える形に整備した。また「こういう風に使うんだよ」というユースケースを企業や市町村と共同で実証していくということにも積極的に取り組んでいて、本腰を入れて日本を変えていくという意思が感じられました。

佐々木:国の大きなプロジェクトに、クリエイターとしてどう入っていくべきなのでしょう。

米澤:使い方は様々で、PLATEAUをきっかけにさらにイノベーションが生まれるような、そんなポテンシャルを秘めています。広告に近い文脈で例を挙げると、デパートが仮想店をつくって実際にアバターで買い物ができるアプリをつくったり、バーチャル渋谷で遠くにいる友だちと会話ができるなど。まじめな方面では、人流データと組み合わせて防災のシミュレーションをしたり、将来ドローンによる効率的な配達をはかれたり、可能性は無限なのでぜひ皆さんに使い方を考えてみていただきたいです。

佐々木:いまできることのキーワードは「国づくり。」ですね。

米澤:大きな言葉にしてしまったんですけど、ほかにも介護の現場にIoTを入れるプロジェクトなどが入賞していました。それらを並列に見ていると、私たちの活動一つひとつが、日本という国の将来をどうしたいか、という想いをもってやっていくべきなんだなと気が引き締まる思いがして。自分と社会は向き合っているのではなくて、自分は社会そのものであり、何かをしてもしていなくても、すべてこの国をつくることにつながっていくのかなと感じたんです。

佐々木:自分も社会の一部であり、自分のクリエイティビティで変えていいんだと前向きにも捉えられますが、「国なんてつくれないよ」と思う人もいるでしょう。どうしたら壁を越えられますかね?

米澤:この作品をグランプリにすることで、今後「国レベルのプロジェクトじゃないと価値がないのでは」と思われたら困るなと話していたんです。けれど逆に、国が民間の賞に応募してくれる、その距離の近さがいまっぽいなとも思いました。「国づくり」というと大きな言葉に聞こえますが、一つひとつの活動が、だれか一人の気持ちを動かすというのもたぶん国づくり。伝わった一人をきっかけにまた広がって連鎖するので、誰のどんなプロジェクトでも国をつくっていく活動なんだなと思いました。

佐々木:新しい社会価値をデザインするという視点ではいかがですか、永井さん。

永井:クリエイティビティやデザインが自治体にも急速に入っていっています。例えば神戸や福岡は積極的に取り組んでいるのを知っているのですが、国という単位の事例でそこまで見えていなかったと思うんです。経済産業省では「地域経済分析(RESAS)」というプロジェクトが先行している試みだったのですが、これに続くようなものがどんどん出てくると、国の影響力はやはり大きいので、日本が変わるきっかけになりうると思いました。

佐々木:クリエイティブが関われるチャンスになってきていますね。

永井:当然、民間のクリエイティブが関わっていると思うんですけどね。こういうプロジェクトがさらに増えれば、今まで見えない形で行われていたことがもっと開かれて、より多くのクリエイターが関わっていけるようになると思います。

佐々木:「その他全部部門」としてブランデッド・コミュニケーション部門は近しいかと思うのですが、橋田さんいかがですか。

橋田:僕も非常におもしろい取り組みだと思いました。2Dから3Dになって情報が相当増えて、オープンになっている。クリエイターとしては、「このデータがあるけど、何を考えますか?」と投げかけられている気がします。

佐々木:お役所の中にしまい込まれているデータではなく、利用できる状態をつくってくれている。あとはもう、僕らが料理するだけ。

ラジオ&オーディオ広告部門 井村光明氏
① イチオシ「大日本除虫菊/虫コナーズで名言を」「アイベックスエアラインズ/ibexairlines on radio」
② キーワード「生理食塩水的コミュニケーション」

井村:「国づくり」のあとに虫コナーズ、「ズンパラパッパパヤ」って、落差がありますよね。でも、聴いて、なごんだと思うんです。音声の良さってそこじゃないかと。ここ数年でラジオ聴取率が上がったり、音声配信メディアが盛り上がってます。ステイホームも理由のひとつでしょうが、毎日スマホやウェブ動画を見ていて、目から情報が効率良く入り続けていることに、濃度が高いというか、どこかズカズカ入ってくる圧を感じているように思うんです。
 今年の審査会では、「気持ちいいね」「心地いいね」という言葉が多く聞かれました。音声から入る情報は効率良くはないですが、たとえば会話には適度なムダや声のトーンやスピードがあるから、負荷がない。特に広告の場合、案外、耳で聞いてわかるぐらいが、スッと自然に入って効率良く伝わる情報量なんじゃないかと思ったんです。圧がなくスッと入るという意味で、「生理食塩水的コミュニケーション」というキーワードをあげました。

 虫コナーズのCMはゆるくて、60秒中30秒も音楽で引っ張って、尺で言うと20秒で入るくらいのものを60秒でやっている。理屈で説明すれば「一言を利かせるため」引っ張っているわけですが、実際聴くと、集中させられたというより気楽に感じますよね。20秒のものを60秒にすることで情報を薄めて、聴く人をラクにしていると思うんです。
 逆に、アイベックスエアラインズはナレーションがぎっしり60秒、しかもテキストで見ると普通の言葉なのだけれど、なぜか最後まで聴いちゃうんですよね。その上聴いているうちに、だんだん気持ちよくなるというか。コロナ禍で聞けない機内アナウンスだからということもありますが、本物のCAさんの声や、飛び立つ音、リアリズムを感じる丁寧なつくりで、60秒という長いナレーションをスッと入るようにトーンを調整しているんですね。そこが評価されてゴールドになりました。
 視覚の情報は効率がいいだけに、テキストの言葉は圧が強い。例えば仕事で、電話も無しにメールだけでダメ出しが送りつけられてくると、なんかイヤですよね。けれど音声を介するとそれを中和する、やわらげる効果があると感じています。ACCにラジオCMカテゴリーがあること自体が、この場で「ズンパラパッパパヤ」がかかること自体が、それを示唆しているのではないかと。

佐々木:おっしゃる通り、すごく和みました。秒単位でギスギスと仕事が進められる時代において、この緩さやムダみたいなものは必要であり、クリエイターは実は動物的にそれをわかっているから気持ちのいいムダ具合をつくれるのでしょうね。これはコミュニケーション手法としてはどうでしょう、橋田さん。

橋田: BC部門では作品のコミュニケーションについて見ていて、世の中に対して何ができたのかという点で手法を議論することが多いです。ただ、井村さんの話を聞いて、ある一本の広告に接触する瞬間、その人の心にどう入っていくのかがやはり非常に大切なんだなということを思いました。音声だけだからこそ、時代の温度感――熱すぎないちょうどいい温度の探し方が非常に大切だと。人に触れる瞬間を考えていかなければと強く感じました。

佐々木:効率とはまったく逆なのかもしれないけれど、ムダをつくったり体温をつくったりすることでコミュニケーションのスピードや効果が上がる。クリエイティブの醍醐味の部分で、いまだからこそ、忘れちゃいけないところです。

橋田:6秒バンパーの真逆にいる感じ。

佐々木:最初の何秒ですべてを見せよ、みたいなデータやテクニックの話ではなく。60秒のムダなのに、もしかしたら一生頭に入っちゃう。これはおもしろいですね。

井村:データで言えばCM15秒は効率的ですけど、いまの時代それ以外の価値が求められていて、そこが見直されている感じがしています。

中谷:薄める作業って、なかなかできないと思うんですよ。もっと情報を入れてよとなる。よくそういうジャッジができたなと思います。

鈴木:クライアント側なのですが、井村さんの話を聞いていて反省することが多いです。どうしても、15秒に言いたいことを全て詰め込めるなら媒体費の節約にもなるし、とか。どうしても競っていくうちに圧が強めになっていく。心地よさというキーワードが出てきて、すごく反省しました。勉強になります。

フィルム部門 細川美和子氏
① イチオシ「大塚製薬/カロリーメイト/見えないもの篇」「那須どうぶつ王国/マヌルネコのうた」
② キーワード「見えないものを見る。聞こえない声を聞く」

細川:社会課題や社会不安というのは、多くは視点の欠如、視野の狭さ、想像力の足りなさで生まれている。そんななかで、フィルムができること、クリエイティビティができることは、今までなかった視点を届けたり、今まで聞こえてこなかった声を聞こえるようにするということ。それが人の視点を増やし、視野を広げ、社会課題の本質的な解決につながるのかなと考えています。そこが一番クリエイティブの、広告の、大事な力と考えたときに、グランプリに選ばれた「見えないもの篇」と、Bカテゴリー(オンラインフィルム)ならではの「マヌルネコのうた」を見ていただきたいと思いました。

佐々木:このふたつはどうして選ばれたのでしょう。

細川:「見えないもの篇」は、コロナという見えないものと闘う鬱々とした重圧を感じていた1年を、でもそれって実は見えないものに支えられていた1年でもあったよねと秀逸なコピーでひっくり返した。このCMに接した人は、ここ1、2年の定義がひっくり返って、違う視点を持つことができて、ちょっとラクになれたんじゃないかと思うんです。カメラワークをはじめクラフトも評価されていましたが、ああいう見えないものを想像力で可視化して見せるというのが、クリエイティブ、広告の役割として大事。
 広告は予期せず突然出会うものなので、それこそ今までなかった視点を届けるには最適なものじゃないかなと。自分で選んでいくと狭くなってしまうけれど、広告は突然出会わせて「こんなものの見方があったのか」と気づかせてくれる。その力を大事に使った方がいいと思いました。

 マヌルネコは、ハマった人が続出していて、YouTubeにも「中毒性はないと聞いておりますので安心してご覧ください。私は本日10回目ですけど。」というようなコメントが残っていたりして、とても愛されているウェブムービーです。
 これは一人のクリエイティブディレクターが、那須どうぶつ王国が絶滅危惧種の保護に力を入れていると聞いて、自主プレゼンに近い形で提案したそうです。編集や音楽もほぼ自前で作られていると聞いて。オンラインムービーだからこそできるクリエイティビティの発揮の仕方だな、と。予算が少なくても人の視点を変えたり、動物たちの聞こえない声を届け、広めることができる。

井村:カロリーメイト大好きです。コロナだけでなく、ここ1、2年SDGsやジェンダーなど社会課題をテーマに取り上げる広告が増えていますが、世の中の正論を貼り付けただけに見えるものも多いのでは。しかしこの作品は、変わらず受験生を応援するスタンスで、このメッセージを発信することに納得ができる。だからみんなに響いたのだと思います。
「うまくいかない時に、それでも続ける努力を、底力って言うんだよ。」という途中で出てくるコピーがとても好きです。これまで「見せてやれ、底力。」という受験生向けに出してきたコピーを紐解いて、受験生だけではない多くの人に向けた言葉にしていてすばらしい。

佐々木:米澤さん、猫好きとしてはマヌルネコのムービーいかがでしたか。

米澤:本当に好きで、視聴するのはこれで10回目くらいです。猫はほとんど寝ている生き物なので、あんなにたくさん画が撮れているということは、相当寒い中で待ったなと思います。クリエイターさんのマヌルネコへの愛が伝わってくる。最後に「野生動物は飼えません」と啓蒙もされていて、那須どうぶつ王国のツイッターでも啓蒙とセットで活動されていたのですごく素敵だなと拝見していました。

佐々木:社会のいろいろな課題があるなかで、世の中との距離感や必然性、あとは映像への愛ですかね。そういったクリエイティブがあるから、いま心が固まってしまっている人たちにも受け入れてもらいやすくなる。

ブランデッド・コミュニケーション部門 橋田和明氏
① イチオシ「大王製紙/アテント」
② キーワード「過去を顧みる。未来を夢見る。」

橋田:Bカテゴリー(プロモーション/アクティベーション)のグランプリと、Cカテゴリー(PR)のゴールドを獲得した作品です。大人用オムツのプロモーションなのですが、ステートメントを紹介します。
 「かくさないパンツになろう。2023年には50歳以上の人が50%を超えるこの国で。誰もが元気で楽しく過ごせる時間を少しでも長くするために。アテントはオムツについて包みかくさず、もっとあなたと話したい。体にも心にもよりそえる大人のパンツとして、もっと進化し続けたい。オムツからパンツへ。今までの常識をはきかえて、人生100年時代に一緒に出かけましょう。」

 日本が超高齢化していく中、介護はどうしても避けて通れません。日本はなぜか介護や障がいといったことを隠す文化があって、オムツの話も避けられがち。それを、アテントというブランドはちゃんと対話していこうという態度をプロモーション全体としてつくっていった。「#常識をはきかえよう」で、介護やおむつのことをちゃんと話していこうと。
 また、「オムツからパンツへ。」というパーセプションチェンジ。これでこのプロダクトのカテゴリーネームが変わっていくのではという可能性を感じました。「紙オムツ」と言うより、「紙パンツ」の方がいいと素直に感じられる。介護を受ける側の尊厳もそうですし、話しかける側としても「紙パンツ買ってこようか」の方が気楽になる。そういう一つひとつの介護の現場を救えるプロモーションです。みんながラクになるし、しかも商品が売れるというところをつくったところが素晴らしい。自分がいつか介護されるようになったときに、履いているのは紙オムツじゃなくて紙パンツなんじゃないかな。

佐々木:そのなかでキーワードに「過去を顧みる。未来を夢見る。」を上げてくださいました。

橋田:「過去を顧みる」というのは反省せよということではなく、心や行いを振り返って、それがよかったのかどうか考えるという意味です。過去って意外とそのまま受け止めてしまって生きていくことが多い。変える必要があるとすら思っていない。僕らの持っているクリエイティビティは、ビジョンをつくる前にまず、「今までってどうだったんだっけ」と過去を顧みて、直すべきか、そのままでいいか、発見する力でもあると思うんです。
「未来を夢見る」というのは、クリエイターがやっていることの基本。夢見る力を持ってこそ、これから業界や世の中をどう変えていくかを考えられる。技術はどんどん発展するけれど、我々の仕事は人の気持ちや生活、人生を考えることであり、それを実現するときに初めて技術のアップデートと合わさって世の中を変えていけるのではと。

佐々木:大事ですよね。テクノロジーやメディアの変化が速くて「どうしたらいいかわからない」となりがちなんですけど、人の本質は変わらない。この作品の企画にかかわった細川さん、いかがですか。

細川:やりたかったことを正確に理解していただいてうれしいです。
 隠されていたことをもっとオープンにしたいという思いをずっと持っています。悩みや迷いも含めて、企業も国もオープンにしていって、答えを出すというより一緒に考えて、生活者の人と関係しながらつくっていくという方が今後はいいんじゃないかなと。それが本来のパブリックリレーションの意味にもつながっていくし、広告だからこそ広くいろいろな人に問いかけられる。それまで興味も持っていなかったような人にも、届けることができる。アドとPRとの融合を、今後どんどんやっていければいいなと考えています。自分もだし、多くの関係機関や企業もそこに取り組んでくれたらいい未来になるのでは。
 この企画は、クライアントからオリエンの時に教えてもらったパーソナルなエピソードが胸に刺さって膨らんだものでした。介護を抱え込んでしまって、家族の問題だけにしてしまって、人に迷惑をかけたくないと考えた結果、とある夫婦が片方死んだら片方は後を追おうと話していたと。そこまで追い詰められている人たちがいるという話を聞いて、とてもショックで、ずっと頭に残っていました。個人が抱え込まないようにするにはどうしたらよいかと考えて。そして尊厳にかかわる問題なので慎重にしなくてはなりませんが、ユーモアをもって、みんなに聞く耳を持ってもらうことで、誰かの問題ではなくみんなに関係のある気軽に話せる話題にしたいと。
 そのオリエンで、個としての人への想像力が働いた。その話で視点が広がった。社会問題という大きいお題ではなく、人と向き合ったからこそ感じたことも大事にしたいと思いました。

佐々木:表に出ていなかったことを開いて、みんなが関われるようにするというのも、クリエイターにしかできない仕事ですね。

細川:小さい声って大事だなと思いました

橋田:ちなみにアテントは13本フィルムがあります。小さい声を拾っている態度が心地よくにじみ出ています。

デザイン部門 永井一史氏
① イチオシ「QDレーザ/RETISSA SUPER CAPTURE/
With My Eyes」
③ キーワード「人に寄り添うプロジェクト」

永井:1次審査からトップで、様々なディスカッションを経てもやはりこれがグランプリになるべきだと評価された作品です。インクルーシブな社会を実現していくということ、高度なテクノロジーを掛け合わせていること。昨年グランプリを獲った「分身ロボットOriHime」とスタンスは近いです。
 デザインのコンペティションは様々ありますが、ACCとして何を評価すれば意味あるデザイン賞になるかを考えました。どんな目的のために、どんなチームができて、どんな考えでアイデアをつくり、デザインに落としたのかというプロセス全体を評価しようと話しました。最終的にできたものだけを問うのではなく、すべてを問うことでACCらしい賞になるのではないかと。
 この作品はテクノロジーを駆使したものですが、ほかの入賞作には高齢化した利用者のいる都電荒川線の駅にちょっとしたベンチをつくるというものがあったり。スケールの大小ではなく、それが適切な目的をもって適切なチームでデザインされているかというところを大切にしました。
 もともとデザインと言うのは、ユーザーがどうかということを一番大切にするものです。ヒューマンセンターデザインを一個人まで落として、その人が本当に心地いいかとか、どう感じるかということを大切にするのがデザインの視点です。

佐々木:いろいろな人の、いろいろな課題があるなかで、クリエイティブはまず人に寄り添って形をつくっていくということ。

米澤:クリエイティブイノベーション部門ではシルバーを獲った作品です。「人に寄り添う」というキーワードはまさに。インサイトで、必ずしも常に見えていたいと思っているわけではないということが話されていて、ハッとさせられる発見でした。健常者の見ているものが正解というような考え方をしていないのが素敵だなと。QDレーザさんは、メガネ型で常にレーザーを照射しているような常時型のデバイスも開発されているのですが、選択肢をつけるという点でもおもしろいですし、技術として成熟していて小型化されているし金額もスマホと同じくらい。身近に使えるようになっているのかなと思います。

佐々木:テクノロジーがあって、アイデアがあって、新しい価値がつくられる。いまのやり方の主流ですね。鈴木さん、ブランド視点で、商品からクリエイターと一緒につくっていく事例は増えていくのでしょうか。

鈴木:すごくあると思います。「当たり前を疑う」という話が出ましたが、私たちはどうしても業界の当たり前の中でブランドや商品をつくっている。だからこそ、そこに新しい視点を入れることで新しい価値を生みだせると思っています。今後のものづくり、コミュニケーションづくりでは、そういった共創がとても大事になると。

まとめ

佐々木:7つの部門それぞれから「いま」を象徴する事例、「いま」クリエイターがやるべきこと・できることについて伺いました。未来を変えるためには、いまが大切。いま向かう方向を1度でも変えれば、向かう未来は大きく違います。難しい状況の中で立ち止まっているクリエイターが、自信をもって走っていけるように、「いまできること」「今日明日からでもできること」のヒントになればと思います。
 まず、自分の能力を大きく変えるというより、ありのままの自分でいいという話が出て勇気づけられました。そして、人についての専門家であるクリエイティブが、聞こえない声を聞こう、見えないものを見て行こうと。そこから変化が起こるから。
 同時に、前例や常識を覆して変えていこうという話も。僕らは広告という範囲のなかでは前例を変えていっているし、今までされたことのないアイデアをつくっている。それをさらに広げて、国づくりにつながるところまでやっていこうと。
 それにしてもまずはどこから始めればよいのでしょうね。

米澤:私も帰ったらやってみようと思っているのが、「PLATEAU」のサイトを見ること。事例を見ながら、「自分ならこれをこう使う」と考えられたらいいのかな。アイデアをツイートしてみたら、もしかしたら一緒に考えてくれる人が出てくるかもしれないし、反応がないかもしれないし。
 一歩を踏み出すきっかけに、ぜひ。テクノロジーが苦手な人こそ触ってみてほしいと思っています。

佐々木:ついつい、テクノロジーの専門家がやればいいじゃないかと敬遠しがちですが、クリエイティブワークとして怖がらずに入っていけばいいんですかね。

米澤:ぜひぜひぜひ!

永井:デザイン部門に応募された作品を見ていると、クリエイターが能動的に、自ら企業の方とつくったという作品も結構ありました。仕事をアップデートするときに、待っているのではなく、自らが主体になるチャレンジがあってもいいんじゃないかと思いました。

井村:グーグルアースからポケモンGOのように、アイデアがプラットフォームから出るということはあります。みなさんの話を今日聞いていて、意外と近い点が多いなと感じました。クリエイティブというと全く新しいものをつくりだすという空気のある言葉ですが、「THE FIRST TAKE」や「アテント」のエピソードのように、パーソナルで生な感じを起点とするものが増えていると思うんです。たとえば自分のオカンの話とか、身近なところにヒントのある時代なのかなと。国づくりも、案外そういうことの延長線上にあるんじゃないかと。

佐々木:大きな遠い未来の話も、近いところから始まっていく。それを掘り出す能力がクリエイターにはあると思います。

中谷:メディアクリエイティブ部門で、ナプキンのプロモーション『生理CAMP』という番組が入賞しました。「アテント」もそうですが、発想できるようでできないところ。「前提を疑う」は言うは易しですが、行うは難し。そこをクリエイターさんの発想で打ち破っていただきたいですし、我々も知恵を出していかなければと感じました。

佐々木:最後に、若いクリエイターに向けてアドバイスをいただきたいのですが。

鈴木:今回のクリクロで様々な作品を見て、一企業だけではできないことがあるということにも気づかされました。その業界はあまり知らないから、ということが良い方に働く場合もあるのかな。恐れを抱かず、共創していけたらと思います。

中谷:メディアクリエイティブ部門では、「エリア&コミュニティ賞」対象作品で地方の特性を踏まえた独自の取り組みをたくさん拝見しました。みなさんとても工夫をこらしていた。東京のキー局の人間もがんばりますので、若いクリエイターのみなさま、いろいろなおもしろいことを一緒にやっていきましょう!

米澤:クリエイティブイノベーション部門は、今年は国がグランプリ受賞してしまいましたが、ほかにも一人の研究者がパッションでつくった作品も入賞しています。プロジェクトの規模にかかわらずチャンスはありますので、みなさんのクリエイティブの力でどう世の中に変化をもたらすことができるか考えていただければ。

永井:デザインはあらゆるところまで浸透しているので、エントリーする際に「これはデザインではないのでは」と思わずに、「これもデザイン」と見立ててどんどんエントリーしてください。そこが増えることで、クリエイティビティが社会に実装されていけばいいなと思っています。

井村:ラジオCM、作ってみると面白いですよ。一人でできるし。ま、ラジオは置いといて、いまの若い人はパーパスだとか遠くを見る傾向があると思うんです。けど、ヒントは身近なところにあったりするので、あまり気張らずに自分のやりたいことをやってもらえれば。

細川:みなさんの話を聞いていて、これからは正直が一番だな、と思いました。誰かの声を聞くのも大事ですけど、自分の心の正直な声を聞くのは、クリエイターにとってすごく大事だなと。それは当たり前を疑うことにもつながっていて、感じた違和感をなかったことにせずちゃんと見つめる、ちゃんと捉える。そのことが「これって必要なんだっけ」とか、次の発想のヒントになる。若い世代で悩んでいる方がいたら、自分の中の違和感に正直になるということを試してみてください。

橋田:ブランデッド・コミュニケーション部門はカテゴリーがたくさんあります。手段はどんどん増えていく。でも、いま一番初めにやるべきことは、いま自分がやっている領域でしっかり足腰を固めておくということ。それがないと自分の軸がふらふらしてしまいます。僕の軸は戦略であり、調査で、今でも調査票を書きますし、そこは絶対に自信があるから次のことに行ける。まずはわき目もふらず、自分のしている領域、好きな領域を極めにいってみることもすごくいいんじゃないか。迷わず進め!と思います。

佐々木:少しでもみなさんの自信や勇気につながって、いま何をすればいいのかのヒントになればと思います。本日はありがとうございました。

「TOKYO CREATIVE CROSSING 2022」もどうぞお楽しみに!