クリクロレポート/審査委員長クロスファイア
「混沌と希望のクリエイティブ」
今、なにがいい仕事なのか?

「TOKYO CREATIVE CROSSING 2024(クリクロ)」のラストには、モデレーターに細田高広氏(TBWA HAKUHODO/Chief Creative Officer)を迎えて各部門の審査委員長9名が登壇。クリクロでの学びをギュッと凝縮し、混沌の時代に一体何が「いい仕事」なのか?について語り合いました。

【モデレーター】細田高広氏
【審査委員長】
ブランデッド・コミュニケーション部門 尾上永晃氏
マーケティング・エフェクティブネス部門 松村眞依子氏
デザイン部門 川村真司氏
ラジオ&オーディオ広告部門 中山佐知子氏
PR部門 眞野昌子氏
クリエイティブイノベーション部門 木嵜綾奈氏
メディアクリエイティブ部門 檜原麻希氏
フィルムクラフト部門 柳沢翔氏
フィルム部門 福部明浩氏

PRってなんだ?
ソーシャルってなんだ?
デザインってなんだ?
エフェクティブネスってなんだ?
クラフトって何のためだ?
TVCMとウェブCMの違いってなんだ?

細田:審査の中ではカテゴリーの定義や広告の根本を問う議論が多く上がりました。
何をつくるのが「いい仕事」なのか?ものが動けばいいのか、心が動けばいいのか。基準は文脈でどんどん変わっていきます。
混沌の中からじゃないと見えてこない希望があるのではないか。ということで今年のテーマは「混沌と希望のクリエイティブ」にしました。

【ブランデッド・コミュニケーション部門 尾上永晃氏】

★イチオシ作品:味の素冷凍食品「冷凍餃子フライパンチャレンジ」

尾上:こちらはフライパンに油を敷かなくても張り付かない、という商品なんですね。ところがネット上で「張り付く!」という声が上がった。味の素さんはすぐに「原因を解明したいからフライパンを送ってください」と。そうして送られてきた3,000を超えるフライパンを研究して、張り付いた理由をウェブで公開し、餃子を改良したというキャンペーンです。

細田:ここまでやるか、と。そこで尾上さんが出したキーワードがこちら。

■キーワード:やるべきことをやる

尾上永晃 審査委員長

尾上:よく「パーパス」「ブランドとして」「存在意義」という話がされますが、そういうことを言う前にやるべきことなんですよね、これは。「張り付きません」と言って売っているものに「張り付く」と言われて、「張り付かないようにします」という流れにユーザーを巻き込む。
僕らは普段の仕事でやるべきことをやれているのかな、と突き付けられました。

細田:ここ数年「社会課題」「パーパス」という言葉が言われて、ブランドが背伸びすることもありましたよね。眞野さん、PR部門でもシルバーを受賞している作品です。

眞野:PR的な切り口で味の素さんが最初に話題になったのは、「冷凍食品は手抜きじゃないよ」と意識のパーセプションを変えたこと。これは主婦の方の「冷凍餃子を出したら家族に手抜きと言われた」というSNS投稿がきっかけです。「手間を抜いただけで、手間は私たちが丁寧にかけましたから」というコミュニケーションで、顕在化されていなかった冷凍食品への意識を変えた点でとても評価されました。そのときほどのインパクトに至らずグランプリにはならなかったのですが、スピード感と対話というところを今回は評価しました。消費者との対話をどうしていくか、どう見せていくか。その評価がとても高かった仕事です。

■キーワード:「あたらしさ」と「らしさ」

尾上:「らしさ」は、ブランドとしてやるべきことをやっているか。そのうえで、新しいことに取り組んでいるか、ということです。

★イチオシ作品:TVアニメ放送完結記念『進撃の巨人』ワールドワイド・アフターパーティー

尾上:『進撃の巨人』のアニメが終わったので、メタバース上で打ち上げをしようという企画です。メタバースは新しくないかもしれないけれど、「打ち上げをやる」というユーザーの巻き込み方が新しい。張り紙や献花の仕組などいちいち体験としてクラフトが高いことも評価につながりました。全体的な話でいうと、新しさといっても「古くなった技術の置き換え」や「視点の新しさ」など、いろいろな新しさの発見があります。そこと、ブランドらしさがうまく掛け合わせられているものがブランデッド・コミュニケーションとして求められていくのかなと感じました。

【マーケティング・エフェクティブネス部門 松村眞依子氏】

★イチオシ作品:トリドールホールディングス「丸亀シェイクうどん」市場創造

松村:リザルトを数字として出しただけでなく、新しい市場をつくったというところがすばらしい。うどんのテイクアウトというのは一見簡単そうに見えて、すごく大変なんです。引っ付くし、見た目も難しい。最終プレゼンを山口寛社長がしてくれたのですが、開発者の方と「振ってみたらよさそうだ」となったそうなんです。そこからコミュニケーションを「シェイク」とわかりやすくした点で、まさに「マーケティング・エフェクティブネス」でした。

細田:直接プレゼンを聞くと順位が変動しがちと聞いたんですけど、こちらも途中で爆上がりしたんですか。

松村:はい。すごいけれどもグランプリではないのでは、という意見もあったのですが、プレゼンを聞いて工夫や熱意がわかって。あとは、みなさんが本当にうどんを好きというところがすばらしかった。またこの「シェイクする」は違う商品にも広がりを見せていて、プレゼンでみんなが腹落ちしました。

細田:「うどん」に「シェイク」という概念を掛け算するってコピーライティング的にも相当すごいんじゃないかと。以前のマーケティング・エフェクティブネス部門はソーシャルグッドカテゴリーのような、社会課題を解決するものがたくさん選ばれていたんですけど、今年はビジネスにとっての創造的な解決がよく見えたと思います。
キーワードがこちら。

■キーワード:お客様を想う、未来志向を。

松村眞依子 審査委員長

松村:審査の中では、社会課題とビジネス課題をしっかり見極め、かつその課題に対してどうお客様に喜んでいただけるかが大事だと話が出ていました。つい、事業主としては言いたいことを伝えたくなりますし、結果が出やすくROIの出やすいものをとなりがち。そこにとらわれず、新しいことにチャレンジしていきたい。それが一過性ではなく未来につながる、社会や人々にとって継続的にいいねと思ってもらえることをやっていくのが大事だと思いました。
昨年から議論しているのは、もちろん「結果」、「戦略」、「クリエイティビティ」ではありますが、加えて未来志向、社会への影響についても意識したいということです。

細田:目の前のお客様に応えようとすると、過去志向や現在志向になりがち。でもやっぱり一歩先を行かなくてはならない。さっきの「新しさ」と「らしさ」の話につながりますね。

【デザイン部門 川村真司氏】

★イチオシ作品:アイリス「進化し続けるAI医療機器nodoca(ノドカ)」

川村:喉を見るだけで、AIを用いてインフルエンザの検査をこれまでの何倍も早くできるというすばらしいプロダクトです。ソフトウェアも含めてですね。

細田:使うほどにAIが学習して精度が上がっていく。見えるところだけでなく、見えないシステムの部分のデザインもすばらしい。
木嵜さん、これはクリエイティブイノベーション部門でもグランプリでした。

木嵜:お子さんのいる審査委員が多かったので、検査で棒を鼻に突っ込まれている子どものつらさが解決するぞと。プレゼンもすばらしかった。みんなを救いたいけど救えないというお医者さんの歯がゆい気持ちがあって、このプロダクトができたという背景も含めて感激しました。

川村真司 審査委員長

川村:医療という領域には、デザインでよくしていけることがたくさんあります。ふだん、病気になって初めて医療というものを意識しますけど、そうではなくもっと社会に摩擦のない形で医療があって、気にせず暮らしていて健康でいることもできるのではないかと。それはデザインの力です。医療機器を美しくデザインする、ノドカはそういう事例です。
また、医療という行為自体にリデザインできる余地があるのではないか。今回こちらがグランプリを獲ったのも、社会的にそういう意識が出てきた表れかと思います。この受賞をきっかけに、デザイナーの方にこの領域で力を発揮してほしい。

細田:摩擦を減らしていく、デザインのひとつの方向性を示しています。一方で摩擦をつくる、ノイズをつくるというデザインもあると思うのですが、今回の審査のバラエティはいかがでしたか。

川村:年々バラエティ豊かになっていて、このままいくとどうなるんだろう、というくらい。「デザイン」で定義していいのか?と悩みながらの審査でした。「生活実験型住宅」が入っていたり、ロゴのリニューアルがあったり。

細田:これもひとつの混沌かもしれません。そして、プリントをどうほめていくんだろうという純粋な疑問があります。

川村:そうなんですよ、すごい難しい話で。広告のアートフォームやポスターなどのエントリーは少なくて、それらと医療機器が同じところにある。全体で評価した時に、医療機器がどうしても上に行っちゃうんですよ。だからグラフィックの部門があったほうが評価しやすいのかなと。

■キーワード:良き「解くべき課題」を見つけること。

川村:デザイン、クリエイティビティは何かと考えると、これだなあと思って日ごろ活動しています。率先して解かなくてはいけない課題を、いかに見つけていくか。これは世の中の見方次第で変わります。デザイン部門で受賞している作品には、この視点があったと思います。

モデレーター 細田高広氏

細田:この「良き」はどうやって判断するんですか。直感ですか。

川村:ねー!そういうときに医療機器だと、生死にかかわるからそりゃあ解かなきゃいけない課題ですよね。でも「KATARU HOTARU | 語蛍」などは、これまで見向きもされなかった日本酒にストーリーを創出し、鮮やかでした。それは視点の解像度次第なのかな。生死にかかわらなくても、必要な物語を商品に対してつくり上げた。

細田:『ACC年鑑』にはアイデアを探したくなりますけど、「解くべき問い」探しもぜひ。どの問いを解決しようとしたのかと見ていただくと、違うインスピレーションを受けられるかもしれません。

【ラジオ&オーディオ広告部門 中山佐知子氏】

★イチオシ作品:大日本除虫菊「金鳥文庫 わたしは猫」シリーズ

中山:知らない間にそばにきて近くに座っている猫みたいなCMだなと思って。大変可愛いと思うんです。

■キーワード:耳に蓋をしても静かにどこかの隙間から入ってきそう

細田:今の広告は「どれだけ目を奪えるか」「邪魔できるか」。スーッと忍び込んでくる猫みたいな広告を目指さなくてはいけないのかもしれません。
フィルムBカテのグランプリ(夜マック「特別じゃない、しあわせな時間。」)もわりとこういう、邪魔にならない風景のような静けさがありましたね、福部さん。

福部:さっきまさにその話を古川裕也さんとしていて、「readable」と。村上春樹が特徴的で、すごい意味性を伝えるわけじゃないんだけど、読み進めたくなる。読んでいて心地よくなる。文体自体が気持ちいいのかな。さっきのCMも声とか間とか、最初に畳みかけるようにいくあの感じが気持ちいい。“心地よさ”はすごい重要です。それは、意味より大事。意味が正しくても不快なものは見ないですから。CMってやっぱり身体的なものだっていうのが今回のテーマで、これもそうですね。

細田:意味じゃないところで設計するって難しくないですか。

中山佐知子 審査委員長

中山:音ですよね。声も、音楽も。でもこのCMは最後にちょっと音楽があるだけで、ひとりで素で読んでいるだけなのに飽きないんですよ。

細田:中山さんは、「ラジオっていいなあ」と思われるCMをつくることが大事だとおっしゃっていました。私たちは広告をつくるときに、そのメディアごと好きになってもらおうと意識していないと思うんです。

中山:ラジオって個人的な媒体なんですよ。ずっと前はお茶の間でみんなで聴いたけど、ラジオ機器が小さくなったことで、ひとりで、夜眠りながら聴いたり、泣きながら聴いたり、そういうメディアなんですね。

細田:檜原さん、ラジオ局の経営者という目線から、CMに期待することはありますか。

檜原:まさにラジオって友達なんですね。ここ10年、radiko(ラジコ)で若者にもラジオがパーソナルなツールとなって。オードリーの「オールナイトニッポン」なんて全国にものすごいファンがいるんですけど、基本的に一度好きになると嫌いにならないというのが特徴です。CMを出すスポンサーのことまで好きになる。そしてザッピングをされないというのもラジオの特徴です。そんなありがたいファンたちの耳に残るクリエイティブをしていただければ、ポッドキャストもありますし、ラジオにはいろいろな可能性があると思っています。

【PR部門 眞野昌子氏】

★イチオシ作品:マイナビ「座ってイイッスPROJECT」

眞野:PRの切り口のひとつに、可視化されていない課題を可視化する、があります。立ってレジ打ちをしている普段の光景に、「いや座ってもよくない?」という価値観を持ってきた。視点を変えた。さらに意識を変えただけではなく、椅子を実際につくっていろいろなお店に導入しているという。アクティベーションまでやり遂げているのがすごい。

■キーワード:「あたりまえ」を疑った

細田:PRと聞くと、もう決まっていることをアピールする仕事と捉えがちだと思うんです。実際は「あたりまえを疑う」「こんな考え方もあるんだよ」というところからつくっていく。川村さん、こちらはデザイン部門でも受賞していますね。

川村:ユーザーの理にかなって、ブランディングにも寄与して、すばらしいプロジェクトです。世の中の不便を除いた結果が、ブランディングにもなっている。ただ、この椅子のデザインはどうなんだという話も出たんですよね。逆に雑に使ってもよさそうな感じにあえてしたデザインなのかなと。理にかなっていると感じました。

■キーワード:社会とつながる文脈づくり

眞野昌子 審査委員長

眞野:PRでは、社会から「意味がある」と思われるものしか受け入れられません。一般的にはプレスリリースを出して、それが取り上げる価値があるとされればニュースになる。「座ってイイッスPROJECT」でいうと、この椅子の開発で働く人が働きやすくなり健康にも寄与するということと、「客と従業員の立場について考えてみよう」という投げかけもあるわけです。立ってサービスするのが正しくて、客は本当にそれを求めているのかと問い直した。伝わり方も自然で、厚生労働省も調査に立ち上がるまで世の中を動かすムーブメントにつなげた。審査委員の14人中11人が票を入れてグランプリに決まりました。

細田:今、広告とPRを両輪で使っていこうという事業主さんが非常に多いなと感じているのですが、松村さんいかがでしょうか。

松村:我々もまさに模索しているところです。デバイスが多様化して、広告のスキップ機能ができて避けられるようになる中、寄り添う広告もつくりつつ、PRも一方的に言うのではなく第三者に語らしめるというか。お客様はどんどん賢くなっているので、第三者から自然に発生したものでないと。仕込んだものはバレてしまって逆効果になります。真正面から言わず、思わず人に言いたくなるようなものを意識して表現したいのがPRかなと思います。

【クリエイティブイノベーション部門 木嵜綾奈氏】

★イチオシ作品:at FOREST「循環葬RETURN TO NATURE」

木嵜:遺灰を森に還すというサービスなのですが、まさに葬式のあたりまえを疑っている。遺族はお参りの際に森林浴をしたり、遺灰と一緒にレクリエーションできる。空を見たり、風と語らったり。新しい価値を創造しています。これからどう死を迎えるかというところからも議論が発生していたので、新しい考え方だと思いました。自分らしい死を考えるきっかけになります。

細田:クリエイティブイノベーション部門というと技術的なブレイクスルーに目が行きがちですが、これは思想的。考え方のイノベーションに近いのかな。

木嵜:はい。難しいのが「ビジネスとしてスケールするのか」という議論になると、この部門では評価しきれないよねとなってしまう。このサービスに関しては、アイデア自体のクリエイティブ性とイノベーション性を評価しようとなりました。

細田:自分らしい眠り方がある。そういう多様性についての考え方に一度触れたら、もう選択肢のない世界には戻れない。それはイノベーションの最も大事なポイントなのかなと思いました。眞野さんいかがですか。

眞野:普段考えていないことをクリエイティブで見せてもらうことで、話したくなる。この作品もPRに応募してくれたらいろんな議論ができましたね(笑)。

■キーワード:脱・アルゴリズムの時代

木嵜綾奈 審査委員長

木嵜:動画や番組をつくっていると、アルゴリズムがめちゃくちゃ憎いんですよ。「これアルゴリズムにのりそうじゃない?」とか、「バズってるからこの人出しておけばいいんじゃない」なんて議論は絶対にしたくないんですけど。でもそこを理解してつくらなきゃいけない歯がゆさもあるんです。
AIやSNSの活発な時代にこそ、自分が何を好きか、100万人ではなくたったひとりの自分だけでも好きと言えるか。そこを見極める力がめちゃくちゃ必要になると思うんです。「脱・アルゴリズムの時代」は、若者にはもう来ているのではないでしょうか。周りのもの、リアルのものが大事だという考え方ですね。

細田:そうですね。そして広告がこんなに嫌われている時代もないかもしれない。その問題意識が如実に出たのがフィルムクラフト部門の審査の仕方だったと思うんですけど。

柳沢:ある作品は広告として本当に洗練されていて、本当にすばらしい。10年後も残るすばらしさ。でも若い審査委員の人は、「広告っぽいからいやだ。広告っぽいのは憧れられない」と。そう言われて、「いやこれACCだろ」と固まっちゃった。でも話を聞くと、そこはちゃんと考えなくてはいけないんだと思いました。答えは結局出なかったんですけど。

細田:AIによって完璧にあなた向けの広告ができましたと言われても、それが「データがつくった広告っぽいな」と思われた瞬間に「いやだな」と思われてしまう。

柳沢:構造的に、飛ばせるし、お金払えば見なくていい。逆に言うと、お金を払わなければ見なくてはいけない。構造的なこともあるのかな!みたいな。

細田:クリエイティブイノベーション部門はプレゼンもありましたが、結果に対して影響はありましたか。

木嵜:やっぱり思いがちゃんと伝わりますよね。やらされているのか、自分たちがやりたいのかというのは。そこで結構結果が左右されましたね。

【メディアクリエイティブ部門 檜原麻希氏】

★イチオシ作品:阪急西宮ガーデンズ 15thアニバーサリー~GARDENS STORY~

檜原:この部門は、メディアを使って立体的に何をアウトプットしているか。「エリア&コミュニティ賞」というものを設けておりまして、この作品はひとつの街をベースにしたまさにエリア・コミュニティのためのアイデアでした。
もともと有川ひろさんの『阪急電車』という小説があって、彼が阪急西宮ガーデンズという商業施設のためにスピンアウト小説を書き下ろした。それがラジオになったり、ポッドキャストになったり、阪急電車の中の広告物のビジュアルにもなっている。
そもそもエリアにフォーカスしたものは、東京にいると知り得ません。エントリーしてくれたことで知ることができた。美しすぎるほどよくできた作品で、みなさんに紹介したいと思いました。

細田:街をひとつの物語にするような仕掛けになっている。細かいところまで丁寧に表されていて、そこに住む人は嬉しいだろうなと感じました。このあたり尾上さんいかがですか。

尾上:昔、「Decode Jay-Z with Bing」というものがありました。Jay-Zの自叙伝に出てくるシーンをを町中にたくさん散りばめるものでしたが、そういうことはアーティストでやるのかなという思い込みがあった。逆に、地域で愛されている施設でやったほうが自然かもしれませんね。「この手法は一回やられてるから」と切らないで、粘ったほうがいいと感づかされました。

檜原:有川ひろさんもここの住人で、要は愛がなければ参加していない。そこがすべてかなと思います。つくられたものではあるけれど、実際にそこにいる、愛を持った人たちがやっていることが、今の時代に寄り添っているのではないか。

細田:審査基準はどのようなものでしたか。

檜原:新聞のプリントの企画もいくつも応募されていました。規模が小さくても優秀なものはあったのですが、どうしても成果や広告PRという観点から見ると負けてしまう。そういう偏りがあってもいいのかなと思いました。あとは、「クリエイティブ」とついているからこそ、この部門はアイデアだと思うんです。いろいろなメディアで、どうおもしろくつくっているのかが基軸になりました。

■キーワード:AI時代 夢 希望 感覚

檜原麻希 審査委員長

檜原:世知辛い世の中じゃないですか。昨日(2024/12/3)も突然韓国で戒厳令が敷かれて。メディアの人間として残念だったのは、日本のテレビがあまり報道していなかったことなんですけど。Xのタイムラインを見ていると、一般の人が投稿している映像であふれているんですよ。そういうリアリティがすぐに伝わる中で、我々はクリエイティブを発信してPRや広告をしていく。夢や希望、愛がないと人から関心をもたれないし、寄り添ってもらえないのではないかと。だから、AIに勝てる感覚が人間にはあるんじゃないか。

細田:そういう意味では柳沢さん、今AIを使ってプロダクションすることが浸透してきていると思うんですけど、作り手として、現場でクラフトを粘っていく人として、AIとどういう風にお付き合いしていますか。

柳沢:26歳の若いカメラマンと今仕事をしているのですが、画像生成AIのミッドジャーニーを使って、「こういう撮影のルックがいいのでは」とたくさん提案してくれるんです。集中すると事情や状況を考えてロジカルになっていってしまうのですが、AIを使うと無茶苦茶なことになるんですよ。参考にするというより、AIを「ぶっ飛んだブレスト相手」としている。変なことを言ってくる話し相手として、自分が縮こまらないために使っている。いい使い方だなと思いました。ただ、最後の一刺しにAIを使うことは絶対にできない。それは人間がやらなきゃいけないんですけど。

細田:ぶっ飛ぶのは人間の役割という先入観がありますけど、若い子たちは反転して使っている。自分を拡張するために使っているというのはおもしろい視点。

【フィルムクラフト部門 柳沢翔氏】

★イチオシ作品:TOYOTA自動車「WILD MOMENT」シリーズ

細田:選んだ理由に「クラフトとしての美しさ」とあります。どんな議論があったのでしょうか。

柳沢:個人的な感想になりますが、まず、大好き。完璧。
トップカットが車の先端のヨリ画なんですけど、初めて観た時クジラのブリーチングに見えたんです。動物みたいにこの機械の塊を撮ってるんだと思いました。言葉として「車を野生動物のように撮りたい」と言うのは簡単。でも撮るのはメチャクチャ大変。しかもこの作品はどの瞬間、どの1フレームもグラフィックとして完璧なんです。構図、動きのタイミング、光の当たり方、すべてが完璧で1フレームも捨てが無い。そんなことは、強烈な信仰心が現場にない限り絶対にできないんです。クライアント、クリエイティブを含めた現場信仰による奇跡だと思うんですよ、あれは。
演出的なことを言うと、トップカットが砂海に潜るクジラに見えて、次が草原を疾走するチーターに見えて、走った風が小さな葉を飛ばすミクロな視点に移行したと思ったら、ギラギラと濡れたアスファルトの上を獰猛に駆ける黒豹というマクロな視点移動かつ、晴昼→雨夜への色彩のダイナミックな転調があって、そこから堂々たる正面構図で赤土の砂塵を纏った巨躯の雄牛がゆっくり顔を出す…と、全部がダイナミックかつシームレスに展開されていて、しかも最後はGRが龍のように上昇していく構図で、野生→神話へと境界を軽々飛び越えて終わる。ゾクゾクしますよ。本当に凄い演出力…。動物の唸り声のようなサウンドデザインも本当に最高。これ以上のものはない!と思うんです。

細田:もともと審査基準に、「本当にやばいから絶対見て」というものを持ってきてと。それでここまで推すものがあるのに、グランプリなしという決断をされました。それもすごいメッセージだと思うんですけど。

柳沢翔 審査委員長

柳沢:僕が審査委員長をさせていただくのであれば、厳しめでいきたいですという話をまずさせてもらった上で、最後は投票で決めました。
僕にとってACC賞はもらえたらめっちゃ嬉しい、『少年ジャンプ』で言えば3年、5年に一度しか出ない大賞みたいな存在でありたい。そういう思いがありました。だからすごく厳しく、自分や現役の職人の方々が本当に愛情をもって「これ絶対やばいんです」と言えるものがグランプリでありたいと。この作品は最後まで議論されましたが、「広告として最強」という人もいれば、「広告じゃん」という意見もありました。「広告として」という枕詞が本格的に作用しない時代の始まりなのか?なと。

細田:わかります。

柳沢:すごく難しい話だったんだけど、「広告として」すばらしいよりも、広告だろうがなんだろうがすばらしいものに賞をあげたい。2024というのはそういう年なんじゃないの、と誰も言ってないんですけど、なんとなくそんな風になりました。

■キーワード:「お金を払えば広告を見ないでよい」「お金を払わないと広告を何秒間か見ないといけない」という世界で、私たちはどうすれば愛されるのか。

細田:だからこそ、ハードルをもういっこ上げなければならないんだというのが、柳沢さんたちの議論だったのではないでしょうか。
その一方で、映画『バービー』のように2,000円払っても観たい広告というのも生まれている。ああいうものと戦っていかなきゃいけない時代なのかなと思いました。

柳沢:そうですね。「広告っぽく見せない広告」「広告としてすばらしい広告」「それとも全然違うもの」色々あってどれが正解なのかわからないんですけど、でもやっぱり映像としてすばらしいものを審査するしかないよねというところに落ち着きました。

【フィルム部門 福部明浩氏】

★イチオシ作品:夜マック「特別じゃない、しあわせな時間。」シリーズ

福部:さっき話した「readable」じゃないですけど、ずっと見ちゃう。これをつくった花田礼さんにこの間飲みながら聞いたんですよ、「どこまでイケると思ってたの?」と。審査委員に映画監督の是枝さんに入ってもらっているんですけど、彼はこの文脈も知らないし、リザルトも知らないはずなんだけど、「映像的にいいね」とおっしゃった。「アニメで、この画角で、この寄り方はなかなかないよね」と。
リザルトがどうとかよりも、「readable」なのか「watchable」なのか、なんか見てしまう。その計算がすごくて。花田さんも、日本でいけることはわかっていたけど、海外であんなにバズるというのは想定外だったそうです。イーロン・マスクがいいねしてるらしくて。日本ではいけると思った、その読みの確かさがヤバい。

細田:僕たちが入社した時って「なんかいい」禁止って教わりましたよね。全部言語化しろって。でもみなさんの話を聞いていると、「なんかいい」とか、身体的に何かを感じるというのがすごく大事になっている気がしたんですけど。つくられた方はどこまで言語化されていたんですか?

福部:「浦浦 浦ちゃんというイラストレーターじゃないと絶対だめだ」と言ったそうです。彼のコンバージョン率というか、目を止める率は半端じゃない。突出している。それはデータで出てるんです。もしこれをコンテ屋さんに発注しても、誰も見ないですよ。人に刺さるという、ヘキをデータで裏付けして、マクドナルドで定着している。もうこれマクドナルド以外の要素をそぎ落としてますよね。さっきのTOYOTAもそうなんですけど、僕は別に広告だからとか全然関係ないような気もしていて。だってみんな喜んでヤンキースの帽子かぶるじゃないですか。そんなの広告で、本当はほしくないはずなのに。結局は広告かどうかより、その人が好きかどうかというところにかかっているのかな。

■キーワード:
楽しい打ち合わせをたくさんすること。クライアントと一緒になって楽しむこと。
自分の好きを活かすこと。仕事の数を増やしすぎないこと。
そうすれば、時々、奇跡が起こる気がしますよ。

細田:この中で、「好きを活かす」って意外とできないという悩みを聞いたことがあるんですけど、コツはありますか。

福部明浩 審査委員長

福部:若手に言うとすれば、おじさんおばさんと組んだらいいよ。その通し方を知っている人がたくさんいるから。どっちかだけの人多いですよね、プレゼンはすごい通るんだけどつまらない案ばっかりっていう人と。そこはシナジーがあればいいかな。
あとひとつあるとしたら、「案をつくることが楽しい」というのは、案を発見する楽しさと、企みの楽しさがある。企画書の中に発見がある時がある。僕は両方好きなんですけど。企画の中に発見があって、それが楽しくなると仕事が進みやすくなる。

細田:福部さんの企画書を日々勉強させていただいてますけど、コンテの前で泣けたり、発見があったりするんですよ。

福部:なんで持ってんだ。

細田:ということで、豪華なメンバーにお話しを伺ってきましたが、学びのポイントを抽出してみました。

★学びのポイント

ヒント1:「それは解くべき問題か?」
手口を知りたくなるけど、問い自体が大事だった。

ヒント2:「客観も、主観も。」
みんなが正しいというものだけではなく、好きや弊害といった主観を活かすことがこれから大事になるのではないか。

ヒント3:「美しさ、らしさ、新しさ。圧倒的、をつくれるか。」
お金を払っても見たいもの。圧倒的リザルトをつくるもの。

何かしら引っかかるものがあればと思います。毎回言うことなのですが、応募したほとんどの人が賞を獲らないんですよね。でもひょっとしたら、ACCは獲らなかった人のほうが活かしどころがあるかもしれない。「勝つか負けるか」ではなく、「勝つか学ぶか」。また来年お会いしましょう。

text:矢島 史、photo:遊馬 耕平、村上 拓也

「TOKYO CREATIVE CROSSING 2025」もどうぞお楽しみに!